
会社のビジョンには、「ハリボテのビジョン」と「そうでないビジョン」がある──。
そう言うのは、創業300年の麻織物の老舗・中川政七商店の社長をつとめるだけでなく、長崎県の陶磁器メーカー、マルヒロの「HASAMI」をはじめ、さまざまな会社のブランド立ち上げに関わった中川政七商店十三代・中川政七さん。
中川さんは大学を卒業後、富士通株式会社に入社、その2年後に家業である中川政七商店に入社しました。そして「日本の工芸を元気にする!」というビジョンを新しく掲げ、その理想に向かって社員一丸となり、さまざまな事業を進められています。
「ハリボテじゃない」ビジョンを立てるために必要なこと、中川政七商店ではどうやって浸透させていったか、そして仕事の中で大切にしていることなどを聞きました。
「ハリボテのビジョン」と「そうでないビジョン」
私、中川政七商店さんの“日本の工芸を元気にする!”というビジョンが大好きなんです。
ありがとうございます。
もともとあったビジョンじゃなかったそうですが、いつ頃掲げたのですか?
2007年からですね。うちは古い会社なんですが、それまで社是(しゃぜ)もなくて、家訓と言えば、ひげを生やすな、借金の保証人になるな、くらいで。 ひげは結局、はやしてますけど(笑)。

株式会社中川政七商店 代表取締役社長 中川政七(なかがわ・まさしち)さん。1974年生まれ。京都大学法学部卒業後、富士通に入社し、2002年に家業である中川政七商店に入社する。 2008年に十三代社長に就任した後は、「日本の工芸を元気にする!」というビジョンのもと、業界特化型の経営コンサルティング事業を開始。2015年には、独自性のある戦略により高い収益性を維持している企業を表彰する「ポーター賞」を受賞。「カンブリア宮殿」などテレビ出演のほか、経営者・デザイナー向けのセミナーや講演歴も多数。
(笑)。なぜ、ビジョンが必要だと思ったんでしょうか。
中川政七商店に入社して2、3年が経ち、担当していた事業の予算が達成できるようになった頃、自分は「何のために働いているのか?」と考えるようになりました。父親には「そんなものいるんか。商売してたら、それでええんや」と言われたのですが、長く頑張っていくためにはビジョンが必要だと感じていました。
そこから、どのように今のビジョンへ?
2、3年は悶々としつつ、大手企業のビジョンに関する本を読んだりしていました。本の中には、100社あれば100社分だけのいいことが書いてあるのですが、「ピンとくるもの」と「ピンとこないもの」があったんです。
ピンとくるもの、こないもの、ですか。
はい。その違和感はなんだろうと考えたとき、外から見て、その会社がやっている事業とビジョンがつながっているかどうかなんだ、ということに気がつきました。 つながっているように見えると「いいビジョン」。つながりが見えないとあまり「ピンとこない」ビジョンなのだなと見えてきたんです。
なるほど。以前、プライベートで中川さんの講演会に参加させていただきました。その時、「ハリボテのビジョン」と「そうでないビジョン」という表現をされていたのを覚えています。
そうです。本業とビジョンが一体になっていないと、ハリボテっぽく見えるんだと気付きました。
「石を積んでいる」ではなく「日本一の城を作っている」と答えられるチームにしたい
例えば、「世界平和に貢献する」というビジョンを持つ会社が、事業内容でネジを作っていたら、違和感がありますよね。
はい。
そうすると、現場でネジを作っている人は頑張ることができないんです。世界平和と言われても、自分のやっていることと違うので実感はなく、熱くなれるものがない。
たしかに……。
高校野球で考えてみるとわかりやすいと思います。高校野球には「甲子園に行く」っていう熱い目標、会社でいうところのビジョンがある。だから部員は練習を頑張れる。これは、自分がやっていることとリンクするし、何よりも熱くなれるいいビジョンですよね。

そうですね。
あと私がよくする例えでは、大阪城の石垣の話があります。石を積んでいる人に「何をしているのですか?」と聞いたときに、「みりゃわかるだろ。石を積んでいるんだ」と答えるチームと、「日本一の城を作っているんだ」と答えるチームとでは、仕上がりが違いますよね。
全然違いそうです……!
うちの会社でも同じように、店舗で働いている人も、日割り予算のためだけに働いているのか、日本の工芸を元気にするために働いているのかで、意識が違ってくると思っています。
事業の部分に基づくことに加え、「想い」の部分が大事になるということですね。
お金を儲けるだけならいくらでもやりようはあるけど、きっと楽しくないと思います。だからこそ、自分が熱くなれる、いいことだと思える、人からもいいと言ってもらえる。さらに商売として成立することをやらなきゃいけないんじゃないかなと思うんです。
お金儲けだけなら投資とかもありますしね。
そう。お金儲けのためだけにやるなら、絶対、工芸を選んじゃダメだと思います(笑)。
“日本の工芸を元気にする!”というビジョンにはどうやって至ったのでしょうか。
思いついたときは、本当に「降りてきた」としか言いようがなかったのですが……、思い返せば「Will」「Can」「Must」の重なり合いなのだろうなと思います。「自分たちが何をしたいのか」「何ができるのか」「何をすべきなのか」ですね。
それに気付いたのは、何かきっかけがあるのですか?
入社してから毎年のようにやってきた、同業者の方の廃業の挨拶ですね。最初は「残念ですね」くらいにしか思っていなかったのですが、あまりに続くので「このままいったら、工芸の業界はどうなるのか」という危機感が芽生えてきました。それに一消費者としても日本の伝統的な素材や技術が失われるのは悲しいと思いましたね。
私も、工芸が消えてしまうのは寂しいです……。
また、うちは麻を主体にした商売をしてきましたが、これが焼き物や竹製品でも同じように経営再生のノウハウを活かすことができるのではないか。こういった危機感や思いが重なり合って、ビジョンが出てきたのだと思います。


中川政七商店 表参道店。広々とした店内に日常使いしやすい日本全国の工芸が豊富に揃っている
なるほど。
サイボウズさんのビジョンは、どういうものなんですか?
“チームワークあふれる社会をつくる”というもので、それに基づいてグループウェアを開発しています。 中川さんから見てサイボウズのビジョンはどう感じますか?
いいビジョンですね。事業とリンクしていると思います。
ありがとうございます。よかった……!(笑)