
「人間の知性の発達は若い時で止まってしまう」「30代、40代になったら人は変わりようがない」—。そう思い込んでいる人は多いのではないでしょうか?
これに対し、「大人になっても人間の知性は発達する」と提唱するのが、ハーバード大学教育学大学院のロバート・キーガン教授を中心とするグループです。
この考えに基づき、彼らの著書『なぜ弱さを見せあえる組織が強いのか』(英治出版)では、組織として「発達」を促すにはどうすればいいのか、どうして「発達」が必要なのかに迫っています。
弱さを見せあえる組織が、実はサイボウズと近いのではないか──。本書の監訳者でリーダーシップ・プロデューサー、組織変革ファシリテーターとして活躍する中土井僚さんと、サイボウズの代表取締役社長 青野慶久が対談します。
成人の発達には3つの段階がある
[[balloon(right,aono)『なぜ弱さを見せあえる組織が強いのか』、興味深く拝読しました。]] [[balloon(left,nakadoi)こちらこそ、青野さんの『チームのことだけ、考えた』、非常に面白かったです。]] [[balloon(right,aono)著者のロバート・キーガン先生は、「発達」を専門に研究されている方なんですか?]] [[balloon(left,nakadoi)そうです。心理学の発達理論は従来、幼少期のものがメインでしたが、「成人の発達」という観点から研究し、統合したお一人がキーガン先生です。 「成人にも発達のフェーズがある」ことを明らかにしました。]]
中土井 僚さん。同志社大学法学部政治学科卒業後、アンダーセンコンサルティング(現・アクセンチュア)に入社。コンサルタントとしてITを活用した業務プロセス改革や顧客戦略プロジェクトなどの組織・人材設計を行う。その後、組織・人材開発業界に転身し、2005年独立。現在、組織変革ファシリテーターとして、U理論をベースにしたマインドセット転換による人と組織の永続的な行動変容を支援する“組織進化プロセスコンサルティング”を行う。リーダーシップ・プロデューサーとして「自分らしさとリーダーシップの統合と、共創造(コ・クリエイション)の実現」をテーマに、U理論をベースとしたマインドセット転換によるその人にあったあり方(Being)のシフトと影響力の飛躍的な拡大の支援を行う。また、リーダーシップ・プロデュースの一環として組織変革ファシリテーターとしても活動し、過去に手掛けた組織変革プロジェクトは50社以上に及ぶ。オーセンティックワークス株式会社代表取締役。社団法人プレゼンシングインスティテュート・コミュニティ・シャパン理事。 著作に『人と組織の問題を劇的に解決するU理論入門』がある。『なぜ弱さを見せあえる組織が強いのか――すべての人が自己変革に取り組む「発達指向型組織」をつくる』の監訳を担当。


青野慶久(あおの・よしひさ)。1971年生まれ。愛媛県今治市出身。大阪大学工学部情報システム工学科卒業後、松下電工(現 パナソニック)を経て、1997年8月愛媛県松山市でサイボウズを設立した。2005年4月には代表取締役社長に就任(現任)。社内のワークスタイル変革を推進し、離職率を6分の1に低減するとともに、3児の父として3度の育児休暇を取得している。2011年からは、事業のクラウド化を推進。総務省ワークスタイル変革プロジェクトの外部アドバイザーやCSAJ(一般社団法人コンピュータソフトウェア協会)の副会長を務める。著書に『ちょいデキ!』(文春新書)、『チームのことだけ、考えた。』(ダイヤモンド社)。
発達とは、「ホーム」「エッジ」「グルーヴ」から生まれる
[[balloon(left,nakadoi)では、人を中心に見据えた組織の話に移りましょう。 キーガン先生は、組織で発達し、かつ好業績をあげている会社を探したところ、3社(*)しか見つからなかったとおっしゃっています。 そういう組織を、「発達指向型組織(DDO-Deliberately Developmental Organization)」と名付けています。]]※編注:DDOの3社は、デキュリオン・コーポレーション(エンターテイメントと不動産)、ネクスト・ジャンプ(ECサイトの運営)、ブリッジウォーター・アソシエーツ(金融会社)
[[balloon(right,aono)発達指向型組織は、まだ少ないんですね。]] [[balloon(left,nakadoi)ええ。そしてキーガン先生は、組織の「発達」が、「ホーム」「エッジ」「グルーヴ」という3つの軸の相互作用から生まれると考えているのも面白いです。]] [[balloon(right,aono)その3つとは?]] [[balloon(left,nakadoi)「ホーム」とは、発達を後押しするコミュニティのことで、安心安全な場です。DDOではみんなが弱さをさらけ出し、内面の弱さも外面の弱さも共有するので、そこに付け込まれるようではどうしようもない。だからホームが必要です。 「エッジ」というのは、発達への強い欲求。できていないことにチャレンジすることです。「グルーヴ」は、発達を実現するための慣行、プラクティスです。]]
※1 人の発達の可能性に牽引された原則で動く ※2 組織としての目標と、メンバーの能力の発達を一体のものと考える ※3 社内の地位が高くても、組織のニーズに応えるために成長し、変化し続ける努力が免除されるわけではない ※4 弱さをさらけ出し、それを克服することを支え合うコミュニティがある ※5 メンバー全員が企業文化の形成に貢献し、いつでも仕事のやり方を改善するために積極的に役割を果たす ※6 痛みを味わう経験は成長のチャンスと位置付ける ※7 自分を守るための行動、それによって生まれる「ギャップ」に注意を払う

社員全員の成長は求めません
[[balloon(left,nakadoi)やはり、サイボウズさんはかなり発達指向型組織(DDO)に近いと感じるんですが、『なぜ弱さを見せあえる組織が強いのか』に出てくる3社とは違うところもあります。 それは、これらの3つの軸を備えつつも、大元にある「発達」を強いていないという点です。]] [[balloon(right,aono)といいますと?]] [[balloon(left,nakadoi)DDOの3社はいずれも、エッジを突き詰めるために、社員の内面にグイグイ踏み込んでくるんですよ。 会議での会話の内容を全部録音して、それを元にフィードバックするとか。]] [[balloon(right,aono)なるほど。社員の内面に、結構ゴリゴリと入りますよね。]] [[balloon(left,nakadoi)ええ。対して、サイボウズさんはより「多様性」を尊重していて、仕組みの大枠を作ったら、あとは社員個々の自律に任せている気がするんです。]] [[balloon(right,aono)おっしゃるとおりですね。「世界一のグループウェアメーカー」というエッジを意識させることで、自立を引き出しています。とはいえ、多様性を重視しているので、必ずしも社員全員の成長は求めません。]] [[balloon(left,nakadoi)そうなんですか。]] [[balloon(right,aono)「去年よりパフォーマンスを出せません」となっても、OKと思っています。ただし、組織としては世界一を目指すから、サイボウズのために割ける時間はそこを意識して貢献してね、という感じです。 あとは、「嘘をつかない」「公明正大」といったことを守ってくれれば、安全安心、すなわちホームは保証します。]] [[balloon(left,nakadoi)なるほど。]]
人は多様性によって鍛えられる
[[balloon(right,aono)グルーヴの話でいうと、最近、社内で「イヤフォン問題」というのがあったんです。]] [[balloon(left,nakadoi)なんですかそれは?]] [[balloon(right,aono)新人研修中にイヤフォンをつけて課題をやっている新人がいたんですよ。それを見たある社員が快く思わず、社内のグループウェアに書き込んだところ、侃々諤々(かんかんがくがく)の議論になりまして。]] [[balloon(left,nakadoi)へえーっ!]] [[balloon(right,aono)多様性を受け入れるというと、イヤフォンをして新人研修を受ける人も出てくる。でも新人がそれをやったら、先輩は教える気をなくすだろう、というのもわかる。]] [[balloon(left,nakadoi)そうですよね。最終的には決着したんですか?]] [[balloon(right,aono)決着はしていないです。そういう事実がありました、個々人はこう解釈します、というだけで。僕も何も言わないで眺めているだけです。]]
もはや軍隊のブートキャンプ的な「育成」は通用しない
[[balloon(right,aono)これから企業が発達指向型組織にシフトしようとしたら、どこが障壁になるのでしょうね? 昔ながらの経営者は、自分と違う考え方を受け入れられないでしょう? 例えば、「限界まで働くことで見えてくるものがある」として社員をめちゃくちゃ働かせるのも、ひと時代前には上司が部下を育てたいからやっているということで、是認された考え方だった気がします。]] [[balloon(left,nakadoi)ええ。]] [[balloon(right,aono)でもそれだと、結果的に会社は安全・安心なホームにならない。ひどい時には過労死にまで至ってしまいますから。日本では、弱みを見せられるようにはなかなかならないのではとも思います。]]
株主にも「発達」を促しているのかもしれない
[[balloon(right,aono)僕は、今の社会にはびこっているソーシャライズド・マインドも壊したいと思っているんです。 サイボウズが2015年12月期の決算で、わざと狙って赤字にした理由もそこにあります。上場企業なら黒字にするのがいいとされているのに、宣言どおり胸を張って赤字にした(笑)]] [[balloon(left,nakadoi)反響はどうでした?]] [[balloon(right,aono)めっちゃ話題になりましたよ。何だこいつ? みたいな感じで(笑)。]] [[balloon(left,nakadoi)ははは。]] [[balloon(right,aono)僕からすれば、上場企業は黒字がいいって、誰がそんな基準を決めたんだ? と思うんです。]] [[balloon(left,nakadoi)まさにパラダイムシフトですねえ(笑)。既存のパラダイムが、いつの時代を背景にできたものなのかも見極めないといけないですよね。]] [[balloon(right,aono)株主が本当に売上・利益を求めているかなんてわからないじゃないですか? 株主にもいろいろいて、中には「サイボウズのファンだから株式を持っている」という方だっているかもしれない。実際、赤字にしても、短期的な株価は変わらず、長期的には右肩上がりに上っていますから。]] [[balloon(left,nakadoi)それはすごいですね。]] [[balloon(right,aono)ある意味、僕は株主にも「発達」を促しているのかもしれません。]] [[balloon(left,nakadoi)どういうことですか? その心は?]] [[balloon(right,aono)株主は普通、株を買って、上ったら売る、というのが当たり前と思っているでしょう? でもそれだけじゃなく、「俺がサイボウズの株を持つことは社会にこういう意味を持つんだ」という理由で買っていただくとか、いろいろな株主が出てくると面白いと思っているんです。 「こういう経営者の前ではあなたはどう振る舞いますか?」というのが、株主に対して仕掛けているエッジなのかもしれません。]] [[balloon(left,nakadoi)「赤字を宣言する経営者」という多様性を株主に受け入れさせようとしているんですね。やはり多様性がサイボウズさんのエッジなんだなあ。]] [[balloon(right,aono)そうですね。自分と違う価値観が出てきた時にどうしますか? と。]] [[balloon(left,nakadoi)そういう意味で、僕はサイボウズさんに対して、触媒になるものをたくさん入れたフラスコを振っているイメージを持っているんです。 社員についても、そのフラスコの中でどう変わるかは個々人に任されているんじゃないかと。]] [[balloon(right,aono)非常に的確な表現ですね。振りまくっていますね。これからもどんどん振りまくります(笑)。 今日は、自分たちがこれまで何をやってきたのかを整理する貴重な機会になりました。]] [[balloon(left,nakadoi)サイボウズさんは、日本における発達指向型組織の好例なんだなという意を、改めて強くしました。ありがとうございました!]]撮影・谷川真紀子/図版・森下香織 /企画・大槻幸夫/構成編集・サイボウズ式編集部