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上司がもみ消そうとしても、簡単にバレてしまう時代はもう来ている──『天才を殺す凡人』北野唯我×サイボウズ副社長 山田理

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「これからの時代のマネジメントはどうあるべきか」についてまとめた本を出版するサイボウズ副社長・山田理。その出版前イベントとして、2019年1月に新著『天才を殺す凡人』を上梓した、ワンキャリア最高戦略責任者・北野唯我さんとの対談を行いました。

前編では「情報開示しない経営者は、天才を殺している」「ホワイトより透明な企業でありたい」「マネジャーには説明責任、メンバーには質問責任がある」など、組織やマネジメントのあり方について議論を交わしました。

後編では「ザツダンで心がけていることは?」「上司に質問をもみ消されてしまう」といった、参加者からの悩みや質問に答えていきます。

【質問1】メンバーとのザツダンで気をつけるべきことは?

質問者
質問者
前半の対談で「メンバーとザツダンすることによって、組織の状態がよくわかるようになった」という話がありました。

私は最近新しいチームに配属され、マネジャーのポジションに就きました。ただ、はじめての経験ということもあり、試行錯誤しています。

おふたりがどんなふうにメンバーとザツダンしているのか、気をつけていることがあれば教えてください。
会場の様子
北野
北野
僕が大事にしているのは「ちゃんとWhyを聞く」ことです。

仕事って、WhatとHowを聞く場面が多いじゃないですか。「何をしたの?」「どんな風にやったの?」とか。
山田
山田
たしかに、そうですね。
北野
北野
でも、「なぜ、そうしたのか?」を聞くことが一番大事だと思っていて。

たとえば、よく休む人にその理由を聞いてみると、家族の介護という事情があったりするんですよね。そういった行動の背景を把握しておくと、その後の行動について毎回質問しなくても理解できるようになるんです。

Whyを聞くのは、人間の存在自体を認めている。一方、WhatとかHowを聞くのは、その人の機能性の面だけを求めていると思うんですよね。
質問に答える北野さん

北野唯我(きたの・ゆいが)さん。兵庫県出身。新卒で博報堂。その後、ボストンコンサルティンググループに転職し、2016年ワンキャリアに参画、執行役員。2019年1月から子会社の代表取締役、ヴォーカーズの戦略顧問も兼務。30歳のデビュー作『転職の思考法』(ダイヤモンド社)が12万部。2作目『天才を殺す凡人』(日本経済新聞出版社)が発売3ヶ月で9万部。編著に『トップ企業の人材育成力』。1987年生。

山田
山田
すごく共感します。

ただね、僕は部下からよくこう言われるんですよ。「なんでなん? なんでなん? なんでなん? と山田さんから詰められる」と。
北野
北野
それ、言い方じゃないですか?(笑)
山田
山田
Whyの聞き方って、意外と難しい。深堀りすると相手は詰められていると感じて、ぐーっと後ずさりしちゃうんですよ。

北野さんはWhyの聞き方で心がけていることはあります?
北野
北野
はい。まず、笑いながらさわやかに聞く。
山田
山田
それ、できへんねんな(笑)。そこかー。
質問に答えるふたり
北野
北野
単刀直入にズバッと聞くときは、笑いながら言った方がいいですよ。
山田
山田
なるほどね。
北野
北野
人の意見に突っ込むときにも笑いながら言うと、意外と許されます。逆に、低いトーンで言ったら、「なんやこいつ」と思われることもある。

あとは、Whyを聞くために、Howはちゃんと工夫すること。例えば「◯◯さんは、何をしているときが幸せなの?」といったように、あえてオープンクエスチョンにすることで、「Why」の本質が見えてくる場合もありますよね。

【質問2】質問をしても上司にもみ消されることがある。説明責任、質問責任を受け止める関係性の作り方は?

質問者
質問者
「マネジメント側は説明責任、現場側は質問責任がある」というお話がありました。でもそれは、おたがい説明と質問を受け止める姿勢があって、初めて成立すると感じています。

実際には上司が質問をもみ消してしまい、現場のメンバーが「やっぱり質問しなければよかった」と後悔するケースも多々あります。

説明責任、質問責任を受け止める関係性をつくるためにはどうすればいいでしょうか?
山田
山田
いい質問、というか厳しい質問ですね(笑)。

ひとつ言えるのは、密室はダメなんですよ。それは物理的な意味だけではなく、ツールを使っても同じで、ダイレクトメールとか誰も見えないところで質問すると、握り潰される。

でもみんなが見ているところで質問すると、上司は簡単に逃げられなくなる。僕もたびたび痛い目に遭っていますよ。社員全員が見られる掲示板で「これ、なんでですか?」ってツッコんでくる社員がいますから。答えないわけにはいかないんですよ(笑)。
話をする山田

山田理(やまだ・おさむ)。サイボウズ株式会社取締役副社長 兼サイボウズUSA社長。1992年日本興業銀行入行。2000年にサイボウズへ転職し、取締役として財務、人事および法務部門を担当。初期から同社の人事制度・教育研修制度の構築を手がける。2014年グローバルへの事業拡大を企図しUS事業本部を新設、本部長に就任。同時にシリコンバレーに赴任し、現在に至る。

北野
北野
それ、すごいですね。
山田
山田
だから、できるだけ複数の人が見ている前で質問すればいい。それはそれで、勇気がいることだと思いますが。みんなの前でそんなこと言うのか、と。

会社の風土も関わってきますよね。そういうのを良しとする会社なのか、あるいは基本的にはトップダウンで「あんまり波風たてるなよ」という会社なのか。それによって質問する敷居の高さは変わるかもしれないですね。
北野
北野
たしかに、環境によって変わってきますよね。
話をする山田
山田
山田
ただ、時代は情報が共有される方に向かっています。上司がいくらもみ消そうとしても、簡単にバレてしまう時代はもうすぐ来ている。なので、いまのうちから情報を公開する方向で動けばいいんじゃないかな。

チャレンジする価値はあると思いますけどね。どうですか?
質問者
質問者
ありがとうございました。オープンな場に引きずり出そうと思います(笑)。

【質問3】企業が透明化されていく時代に、個人はどう選択すればいいのか?

質問者
質問者
「企業は透明化していくべき」「ウソがつけない時代になる」というお話がありました。

透明化がどんどん進んでいくと、情報や選択肢が増えていき、逆に選ぶ側の個人が迷ってしまうのではないでしょうか。

選択力が問われる世の中になったとき、個人はこれから何をするべきだと思いますか?
会場の様子
山田
山田
これからは、権限を持っている人が支配していた時代から、権限が解放され混沌とした時代に変わっていきます。答えが出ない時代だから、考えてもしょうがないと思うんです。

じゃあ何がいいかというと、「考えるより行動」なんですね。間違ったら次に行く。行動しながら学ぶことが大事です。

まずはやってみる、ダメならやめてみる。とにかく行動を起こして、答えを自分で見つけていく。逆にいえば、正しい答えを一生懸命考えなくてもいいんじゃないでしょうか。
北野
北野
その通りですね。情報が過多になったときの行動をマクロでみると、パターンは2つあります。1つはランキングへの集中です。

グルメサイトで人気ランキング1位の店に行くのは、ある意味では思考停止じゃないですか。みんなが良いと言っているものを信じて行くことなので。
話をする北野さん
北野
北野
もう1つは、自分なりの「思考の軸」を持っている人が、それに基づいて意思決定を行う。

つまり、「思考の軸」を持っていない人はランキングに集約され、軸を持っている人はその軸に基づいて意思決定する、そういう時代になっていくなと思っていて。後者の人が増えた方が、きっといい社会になりますよね。
山田
山田
たしかに。
北野
北野
「どうすれば思考の軸をつくっていけるか」を考えることが、選択肢が多くなる時代、個人に求められることだと思いますよ。
文・村中貴士 編集・水上歩美(ノオト) 撮影・栃久保誠 企画・明石悠佳/小原弓佳
情報をクローズにする経営者は、凡人以上に天才を殺している──『天才を殺す凡人』北野唯我×サイボウズ副社長 山田理

「弱みを見せると社会的立場を失う」という考えは、なくなりつつあるのでは?

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先日、Googleの「re:Work」というWebサイトが話題になりました。

これは、Googleをはじめとする、さまざまな組織の働き方のアイデアを集めたもので、採用、目標設定などのテーマについてのテキストが読めるサイトです。その中にあるページで、「心理的安全性」というトピックについて触れられていました。

心理的安全性: 心理的安全性とは、対人関係においてリスクある行動を取ったときの結果に対する個人の認知の仕方、つまり、「無知、無能、ネガティブ、邪魔だと思われる可能性のある行動をしても、このチームなら大丈夫だ」と信じられるかどうかを意味します。

今日は、この「心理的安全性」について思うことを、書いてみたいと思います。

「心理的安全性」を提供できるかどうかと、プロジェクトの成功には関わりがある

以前、「「だから言ったのに」という人の言葉を無視してはいけない」という記事を書きました。あるプロジェクトで、ネガティブな発言をするメンバーを軽んじた結果、うまくいかなかったときの話です。

「だから言ったのに」と言う人の言葉を無視してはいけない

このときも「ネガティブな発言をしにくい環境」を作ってしまったことで、プロジェクトを成功まで導くことができませんでした。ポジティブな意見しか聞きたくないという、発言の種類を制限するような空気を作ってしまったことで、あるメンバーが口をつぐんでしまい、全体を俯瞰した意見を取り入れられなかったのです。

つまり、「どんな種類の意見を言っても、このチームなら大丈夫だ」という「心理的安全性」がない状態でプロジェクトを進めてしまった。その結果、偏った視点しか得られず、防げたはずのトラブルを防げませんでした。いま振り返ってみても「心理的安全性」を提供できるかどうかと、プロジェクトの成功には関わりがあると感じます。

そして「心理的安全性」の定義にある「無知、無能、ネガティブ、邪魔だと思われる可能性のある行動をしても、このチームなら大丈夫だ」という部分をかみくだいていくと、「苦手」と「弱み」をシェアできる環境が大事だ、とも言えるのではないかと思います。

人間には必ず「苦手」や「弱み」がある

チームはさまざまな人が集まって仕事をしています。その中には、得意分野が違う人、苦手分野が違う人、さまざまなタイプがいて当然です。そしてスキル的な「苦手」「弱み」以外にも、人間的な意味での「苦手」「弱み」も人それぞれです。

たとえば、わたしは全体を俯瞰して設計図を作り、それを進行していくのは得意なのですが、人見知りな性格が原因で、あまり接点のない人に声をかけ巻き込んでいくのが苦手で、他のメンバーにアドバイスを求めることがあります。

スキル的なものは、ツールを導入することや他のメンバーの力添えで補えますし、正直に申告しやすいですが、人間的な「苦手」や「弱み」はなかなか言い出しにくい。わたしの場合、それは「人見知り」や、「◯◯なときにストレスを抱えやすい」とか、「◯◯なときに余裕がなくなりがち」など。つまり、性格やパーソナリティに関わる部分です。また、パーソナリティに関わる部分以外にも、育児、介護などといった、ごく個人的な事情もあったりします。

そういった部分の課題は「気の持ちよう」「本人の成長努力」でどうにかしろ、と言われがちなもの。確かに、本人の成長努力でカバーできる範囲も多分にあるでしょう。また、そのためのライフハックや、技術的なサポートを受けられるものもあるかもしれません。

そしてそもそも、「これはわたし自身の問題だし……」と、他のメンバーへ「苦手」「弱み」を開示すること自体にハードルを感じる人もいるでしょう。しかし、誰にでも「苦手」「弱み」があることは事実で、それらとうまく付き合っていくことは、なかなか難しい問題です。

「弱み」を隠すのは、トラブルのタネを隠すこと

出産・育児を経験し、仕事に復帰してみると、「得意・不得意」以前に、「物理的にできない」こともあるのだと気付きました。子どもの通園サポートや病気のケア、それ以外にも、育児と仕事の両立といった「自分の体力的な問題」にもぶつかるようになったのです。

今までは自分のためだけに働いて、自分の範囲だけ守っていればよかったので、気合いや根性論でどうにかなった部分もありました。が、ケアしなければいけない子どもや家族ができると、そう簡単にはいかなくなってしまいました。つまり新しい「弱み」が生まれてしまったのです。

こうした「弱み」を開示することは、もしかしたら、キャリアアップや出世競争の上で不利となるかもしれません。「自分にはできないことがあります」と周囲へオープンにする必要があるからです。

そして前述したように、この「弱み」は「わたし個人の問題」であり、他の人にとっては関係ないことだ、という自制もあります。それでも、できないことがある、という事実を隠して、気合いでカバーしようとしても、いつか限界が来てしまうと思うのです。

自分自身が致命的な「弱み」を抱えるようになったとき、もしかして、他のメンバーにもこうした「弱み」──介護やサポートが必要な家族がいるとか、人に比べて体力がないなど、「自分ひとりではどうしようもできない問題」があるのでは? と思うようになりました。

そして、その問題の種類や解決策も、関わる人の数だけバリエーションがありそうです。であれば、「弱み」を共有した上で、おたがいサポートし合う必要があるのでは? と思うのです。

信頼をベースにして「弱み」をシェアする

そこで思い出すのは、以前いたチームで、上手に「弱み」=自分が抱えている個人的な事情、について公表してくれたAさんのことです。

彼のお子さんには持病があり、不定期に通院や検査が発生するので、プロジェクト開始時に「こういうケースで休んだり、サポートをお願いすることがある」、とシェアがありました。

事前にAさんから「弱み」のシェアがあったことで、チーム内には自然と「Aさんは平日昼間、急に不在になることがありえる」という認識が広まりました。突然休まれると、残されたメンバーに急にタスクを振り分けることになり、負荷が高まります。であれば、事前に「Aさんがいつ休んでも大丈夫」なように準備をしておこう、という前提で仕事をするようになりました。

具体的には、報告書などの作業をあらかじめ前倒しで進行したり、Aさんがいつ急に不在となってもいいように、常に2人1組で作業に当たるようにしました。そして情報共有に漏れがなくなるよう、状況のシェアを意識するようにしました。そうすることで、誰かが情報を抱えることがなくなったのです。

結果、Aさんがいつお休みになっても大丈夫、という状態ができ、それを他のメンバーにも適用することで、全員が「いつ自分が休んでも大丈夫」な状態を意識して仕事をするようになり、それは「いつ誰が休んでも、その作業を誰かができる」という、全体のレベル向上につながったのです。

人生の「すべきこと」は他人に任せにくいが、「タスク」まで落ちていればチームで支えられる

この経験で感じたのは、育児や介護、サポートが必要な家族の存在、自分の持病など、それぞれの人生で背負わなければいけない「すべきこと」は、他人に任せにくいものですが、それが「タスク」にまで落ちていれば、ある程度はチーム内でワークシェアできるということ。

わたしが彼のお子さんのケアをすることは難しくても、彼がお子さんのケアをする間に発生するタスクを肩代わりすることは、可能だからです。

このことから、チームメンバーがおたがいの「弱み」をあらかじめ知っておけるというのは、「トラブルの事前防止策を講じておける」のだと実感しました。突発的なトラブルでもっとも怖いのは、対応策を立てる時間が取れないこと。

時間が取れないと、単純な作業でも緊急度が上がり、メンバーに負荷がかかります。時間をかけて準備しておけば簡単に対応できた問題でも、突然すぎて受けきれなかった、という経験は、誰しもあるのではないでしょうか。

そのためには、事前に自分が持っている「すべきこと」を把握し、それにどんな作業が必要で、どんなタスクが発生するのか、の分類と整理が必要になります。どうしても自分が置かれている状況というのは俯瞰しにくいもので、何を持っていて、何を持てそうにないか、というのは自分ひとりでは把握が難しい。そのために他者へ「弱み」を開示し、一緒に事前防止策を考えておくことが重要ではないか、と思うのです。

「弱みを見せると社会的立場を失う」時代は終わりつつある?

いままで「苦手」「弱み」の開示は、ネガティブなものとしてとらえられてきました。個人の「苦手」は、チームの仲間に「迷惑」をかけるもの、と思われがちだったからです。

しかし、「心理的安全性」という観点でみると、それぞれが「苦手」を開示し、お互いに受け入れることで精神的な安全性を得られ、むしろチームの効果性を向上させる。そうであれば、取り入れない手はありません。

チームメンバーの「弱み」を知り、事前にタスクに落とし込んで、ワークシェアできるよう因数分解しておく、というのは、「どんな状況にも対応できる」という「強み」になる。この習慣は身につけておくと、どんなときでも役に立つ、つまり「持ち運び可能なスキル」になるだろうと思います。

働き方が「メンバーシップ型(人を確保してから業務を割り振る)」から「ジョブ型(業務に対して人が割り振られる)」に移行しつつある今、自分の「強み」と「弱み」をセットで開示し、誰にでも「弱み」がある前提で組むチームは、もっと強くなる

それは自分の「強み」と「弱み」をあらかじめ把握できている人同士が集まることで、業務をカバーしあえるからです。

人間が生きていくうえで「弱み」と「強み」はセットであり、「弱み」がない人間はいません。それは「個性」とも言い換えられるものだからです。これからの時代のチーム作りでは、おたがいの個性を隠さず開示し、心理的に安心できる状況を作ることが大事なのではないでしょうか。

やや楽観的かもしれませんが、「心理的安全性」の面からも、チームのパートナーシップの上でも、そういう時代が来ることを、願ってやみません。

今日はそんな感じです。
チャオ!

執筆・はせおやさい/イラスト・マツナガエイコ/編集・明石悠佳

フィードバックで本音を伝えるのが怖い──それは相手の成長機会を奪っていませんか?

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「フィードバックはする側もされる側も、お互い嫌な気分になるものだと認めることが大事」

こう話すのは、米フロリダの清掃サービス会社「スチューデント・メイド」創業者・CEOのクリステン・ハディードさんです。離職率の高い業界ながら、働きたがる人が続出し、スタッフは優秀な学生ばかりだそうです。

チームの上司は、ときに相手を傷つけてしまうフィードバックの伝え方に悩みます。上司から声をかけられるメンバーは、フィードバックに対して身構えてしまいがちです。

2008年の創業以来、フィードバックで多くのスタッフを成長させてきたハディードさんに、サイボウズ式、サイボウズ式のグローバルサイト「Kintopia」編集部員のアレックスが、相手の心を動かすフィードバックの方法について聞きました。

※この記事は、Kintopia掲載記事"Building Trust Within Your Company Starts with Giving Good Feedback—Interview with Kristen Hadeed (Part 1)の抄訳です。

フィードバックは「嫌なもの」。する側もされる側も

アレックス
アレックス
ハディードさんは、CEOの経験から、独自のマネジメント・メソッドを確立されています。

でも起業当初は、離職率も相当高かったそうですね。どうやってフィードバックの方法を考えていったんでしょうか?
ハディード
ハディード
ときには失敗もしつつ、相手の反応を見ながら試行錯誤してきました。

起業当時は、部下にフィードバックするのは苦手でした。というのも、45人ものスタッフが一度に辞めてしまったことがあったんです。

率直すぎるフィードバックをすると、みんなが辞めたくなってしまうのではないかと思って.......。
ハディードさんのプロフィール写真

クリステン・ハディード。スチューデント・メイドCEO。2008年に従業員が学生のみの清掃サービス会社「スチューデント・メイド」を創業。低賃金、離職率75%で知られる業界ながら、離職率の低さとその成長性から全米で注目を集める。著書に、”Permission to Screw Up”(日本語版のタイトルは、『離職率75%、低賃金の仕事なのに才能ある若者が殺到する奇跡の会社』ダイヤモンド社)がある。Photo by Pete Longworth

アレックス
アレックス
45人も......。それは衝撃的ですね。
ハディード
ハディード
ええ。だから、はじめは優しい言い方にして、「自分は認められているんだ」と感じてもらえるようなフィードバックにしようと考えました。

批判的な内容を伝える場合は、その前後にポジティブな内容を伝え、相手に大きなダメージを与えないように気をつけたんです。

でも、フィードバックを受けた人の多くがとても混乱していることに気づきました。自分の行動をどう改善したらいいのかわからないまま、フィードバックの時間を終えている、という感じでした。
アレックス
アレックス
辞めたスタッフは、なぜ自分の抱えている問題を伝えてくれなかったのでしょうか。
ハディード
ハディード
当時は、信頼がなかったんですね。

今は、フィードバックとは信頼を築くものなんだと理解しています。自分の本音を伝えれば、受け手も信頼し、本音を話してくれるようになります
アレックス
アレックス
本音を伝えることは、時には受け手を傷つけることにもなりそうですが?
ハディード
ハディード
人間である以上、必ずどこかに改善できる点はあるものです。

それなのに、ミーティングや勤務評価で毎回、うまくできている点だけを伝えられたら、フィードバックの送り手を信頼できないはずです。あえて伝えられていないことがあるとわかりますからね。

当時の私は、スタッフに対して正直じゃなかったんです。だから彼らも私を信用しなかったし、正直に話してくれなかったんだと思います。
アレックス
アレックス
なるほど。
ハディード
ハディード
あと、私が学んだのは、送り手にとって、「フィードバックが嫌なのは当然だと認めていい」ということです。

実際、話を始めるときにそう伝えるのがいちばんだと思います。「本当に言いづらいんだけど、あなたを思ってのことなので、言わせてください」と伝えるんです。
アレックス
アレックス
どうして、送り手がフィードバックは嫌なものと認めることが大切なのですか?
ハディード
ハディード
気まずく感じていること、わからないことがあると認めると、フィードバックの受け手はあなたをひとりの人間として見てくれるようになり、信頼関係を築くことができるからです。

あなたが自分本位にならずに本音を受け入れてくれる人だと考えて、こちらの話に耳を傾けてくれるようになるんですよね。
アレックス
アレックス
正直に自分の気持ちを伝えれば、フィードバックの受け手も心を開いてくれるんですね。

フィードバックの三大要素は「相手の行動」「自分の気持ち」「自分が受ける影響」

アレックス
アレックス
ハディードさんがフィードバックに使っている「FBI」メソッドについて教えてください。
ハディード
ハディード
FBIは、気持ち(Feeling)、行動(Behavior)、影響(Impact)の頭文字です。

フィードバックの際は、私の現在の気持ち(F)と、私をその気持ちにさせた相手の行動(B)、私への影響(I)を伝えます
アレックス
アレックス
ふむふむ。
ハディード
ハディード
例を挙げましょう。ミーティングに遅刻した部下に、FBIメソッドを使ってフィードバックをすると、次のようになります。

「わたしは残念に感じています(F)。なぜならあなたが今朝ミーティングに30分遅刻してきたからです(B)。そのせいであなたを頼りにしていいかどうかわからなくなっています(I)。」

「自分の気持ち」「相手の行動」「自分が受ける影響」の3点をこの順番で伝えます。 ネガティブなフィードバックの場合は、受け手は自分の行動を改めようとするはずですし、ポジティブな場合は、その行動を継続する気になります。
清掃を行うスタッフ.jpg

スチューデント・メイドのスタッフは、全員が学生。ここで働いた経験を通して成長し、希望の企業に就職する学生や、社会に出てから成功を収める学生も多い。Photo by Student Maid

ハディード
ハディード
「なぜ『自分の気持ち』を含めないとならないのですか? 『行動』と『影響』だけではいけないのですか?」

よく、こんな質問を受けますが、それはダメです。 なぜなら、自分の行動が感情面でも周囲に影響を与えるものだと気づかないと、人はやる気にならないからです。
アレックス
アレックス
ふむふむ。
ハディード
ハディード
もうひとつ、効果的な方法があります。

人にFBIを伝えた時は、「明日私にもフィードバックを下さい。私や会社がどうしたらもっと良くなるかを教えて下さい」と伝える
んです。

これで、双方向的な関係をつくることができます。信頼を築く上でとても大切なことです。
アレックス
アレックス
この方法は、上司と部下だけでなく、どんな関係性でも有効ですね。

フィードバックの際、ポジティブとネガティブな発言のバランスはどう取っているんですか?
ハディード
ハディード
バランスというよりは、まずフィードバックをするときには「本心からすること」を心がけることです。

そして、「評価する」という目的のためだけに人を評価しないでください。

私の会社では、何かいいことに気づいたら口に出すようにしています。だれかがいいことをしたとしても、それを見たのが自分ひとりだけだったら、ほかの人に伝えない限り、そのことは評価されませんから。

フィードバックをもらうときは、質問してその場で内容を完全に理解しよう

アレックス
アレックス
フィードバックの受け手へのアドバイスもいただきたいです。相手の話を聞く以外に何かすべきですか?
ハディード
ハディード
送り手同様、受け手もフィードバックは楽しいものではないことを、事実として認めましょう。

フィードバックの送り手に共感を持つのも大事です。その人はあなたのことを思っているから、何も言わないほうが楽なのに、あえてその話をしているんだと認識しましょう。
アレックス
アレックス
そう考えると、感情的になるのを防げそうですね。
ハディード
ハディード
その通りです。 あと、「ハーフ・フィードバック」にならないように、気をつけたほうがいいですね。
アレックス
アレックス
ハーフ・フィードバック?
ハディード
ハディード
ハーフ・フィードバックは、送り手が気まずい思いで伝えてきたフィードバックを指します。内容が抽象的になりがちで、受け手は何を改善したらいいのかわからなくなってしまいます。

たとえば、「あなたは昇進対象に選ばれませんでした。よくやっていると思いますが、次のステップに進むにはもう少し成長が必要です」というような内容です。
アレックス
アレックス
たしかにそういう内容のフィードバックはありがちですね。
ハディード
ハディード
このような内容があいまいなフィードバックは、聞いたままにせず、質問してください。

「もう少しくわしく聞かせてください。具体的に何を変えたらいいのか教えてくれませんか?」というようにね。
アレックス
アレックス
掘り下げて、具体的な改善方法を聞き出すんですね。
ハディード
ハディード
はい。フィードバックを受けた後に、その内容を明確に理解できているようにするといいですね。

フィードバックは顔を合わせてやるべき。オンラインツールや匿名では意図が伝わらない

アレックス
アレックス
ハディードさんは、毎日だれかにフィードバックをしているんですよね。なぜ、そこまでできるのですか?
ハディード
ハディード
人を成長させるのが、リーダーである自分の仕事だと考えているからです。

個人的な目標として、(1)改善すべき点を伝えるフィードバック、(2)現状を承認するフィードバックを、1日1回ずつすることにしています。

この2つのフィードバックをするのは、相手に自分が秀でている点と、改善できる点を理解してもらいたいからなんです。自分に毎日言い聞かせて実行し、リーダーにも同じ姿勢を求めています。
ミーティングをするスタッフ

フィードバックは顔を合わせて行う。ときにはビデオ会議を利用することも。Photo by Student Maid

アレックス
アレックス
部下の成長にはフィードバックが必須ということですね。
ハディード
ハディード
そうです。私たちは「360度評価」も取り入れているんです。

まず、メンバーに自分がよくできている点と改善すべき点を考えてもらい、グループで共有します。それからみんなでコメントし、ほかに共有することがあれば付け加えてもらいます。

オンラインツールを使うのではなく、顔を合わせて行うのもポイントです。
アレックス
アレックス
評価やフィードバックのためにオンラインツールを使う企業は多いと思います。なぜそれではいけないのですか?
ハディード
ハディード
まず、声のトーンがわかりませんよね。相手の意図と違うトーンを読み取ってしまうのはよくあることです。

匿名のフィードバックは、さらに問題です。フィードバックを読んでも、だれのフィードバックなのかばかりが気になって、内容が頭に入ってこないでしょう。
アレックス
アレックス
対面だと、本音を伝えにくいこともあると思うのですが。
ハディード
ハディード
厳しいフィードバックをする場合は、受け手の精神状態を考えるのも大切です。

特に360度評価で、改善すべき点をたくさん受けた人は、それを消化する時間が少し必要かもしれません。

私の場合は、受け手に気分を聞いて、時間が必要なようなら、明日改めて話をしよう、と伝えています。

このとき大切なのは、自分で判断をするのではなく、どうしたいかを本人に聞いてみるということ。聞けば希望を伝えてくれるでしょう。

部下のフィードバックに上司からの反応がないような会社は、働く価値がないかも

アレックス
アレックス
部下が上司にフィードバックをするときもありますが、この場合、本音を伝えることに抵抗がある人は多いと思います。会社での自分の将来を、上司に決められるという人も多いと思うので......。
ハディード
ハディード
上司へのフィードバックは難しいですよね。上司の反応として、2つのパターンが想定されます。

ひとつは好意的な反応。この場合は、感謝して今後どうするか話し合いをすることになります。

もうひとつは否定的な反応です。その場合は、本当にその職場で働き続けたいのか、自分に問いかける時です。
アレックス
アレックス
なるほど......。
ハディード
ハディード
上司の対応から、多くのことが見えてくると思います。

フィードバックに感謝はしても、それ以上何も言わず、問題の対処方法や解決策を考えないようなら、働く価値のない会社かもしれません。

もし上司が「対策を考えましょう」と言ったなら、あなたにとってベストな方法を考えているということです。

最終的に、あなたの要望が聞き入れられなかったとしても、会社側に腰を据えて解決策を探る意思があるということです。
アレックス
アレックス
ハディードさんも、スタッフからフィードバックをたくさんもらっているんですか?
ハディード
ハディード
常にもらっています。フィードバックで多いのは、メンバーのプロジェクトに対する私のリアクションについて、ですね。
アレックス
アレックス
どんな内容ですか?
ハディード
ハディード
「私が不満足だと相手に誤解させてしまう」というものです。

プロジェクトに対して、私はいつも改善点をひとつ伝えるようにしています。

でも、メンバーは「プロジェクトが評価されていない」と思ってしまうことがあるんですよね。本当は評価しているんですけれど......。
アレックス
アレックス
確かにそう感じてしまう人はいるかもしれません。
ハディード
ハディード
改善法を探すのは私の強みなので、だいぶ努力しました。プロジェクトにもう少し早めに参加させてもらうようにするとかね。

自分のリアクションの傾向が学べたのは、チームからのフィードバックがあったからです。「プロジェクトをいまひとつだと思っている」とメンバーに感じさせてしまったのはなぜかを、具体的に掘り下げていくようにしましたね。

部下の失敗を事前に防ぐか、あえて許容するか。基準は「相手が成長できるかどうか」

アレックス
アレックス
ハディードさんの会社では、スタッフの失敗に対して、年々寛容になっているそうですね。 とはいえ、事前に防ぐべき失敗はあるかと思います。

「この人には失敗を経験してもらい、あとでフィードバックをしよう」「この人は失敗するから、その前に一言伝えておこう」と判断する基準を教えてください。
ハディードさんの著書の表紙

ハディードさんの著書”Permission to Screw Up”のタイトルの意味は、「失敗する許可」(日本語版のタイトルは、『離職率75%、低賃金の仕事なのに才能ある若者が殺到する奇跡の会社』)

ハディード
ハディード
その失敗で部下が成長するかどうか、ですね。

失敗によるコストが一定数以上かからないようなら決定権を与える、という人は多いと思いますが、私の考え方はもっとシンプルです。

その人が失敗によって成長するか? と自分に問いかけ、答えがイエスなら失敗するのは止めません。ノーなら、その人自身や会社を傷つけることになるので、事前に対策をとります。
アレックス
アレックス
相手の成長がポイントになるんですね。
ハディード
ハディード
そうです。ただし、壊滅的なミスをしそうな時でも、「やってはいけない」と言うだけにはしません。どんな影響が出そうか話し合い、計画段階に戻ってほかの解決法を探すよう頼みます。

そして、こちらから答えは伝えません。毎回答えを伝えることは、ミスから守ることはできても、部下の成長にはつながりませんから

本当に自分のチームを力づけたいなら、時には自分は遠ざかり、メンバーを失敗させる必要もあるのです。
アレックス
アレックス
新たに管理職になり、部下へのフィードバックに悩んでいる人にアドバイスをください。
ハディード
ハディード
多くの人がフィードバックに苦手意識があるのは、気まずい思いをするからです。

でも、人を成長させる機会があるのに、自分が気まずいからといってやめるのはおかしくありませんか

それはあなたのわがままです。私自身も「フィードバックを億劫に感じるとき、そう思うのは自分勝手だ」と自分に言い聞かせています。効き目は抜群ですよ。
Building Trust Within Your Company Starts with Giving Good Feedback—Interview with Kristen Hadeed (Part 1)" - Kintopia
執筆:Alex Steullet/編集:鈴木統子

「サイボウズは、大企業病になりかけている」──チームワークの会社なのに実は縦割り主義? 中途社員の本音を聞いてみた

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誰かが「自分の働き方」を決めてくれるわけじゃない

同じ方向をみて話す三人
流石
流石
サイボウズは外から見ると「自分らしく、いきいきと働ける会社」というイメージです。

ただ、実際のところはどうなんだろう? と思いまして、ぜひ本音で語っていただきたくこの座談会を設けました。

中途入社したあとに、ギャップはありましたか?
三木
三木
嫌なギャップはなかったです。

最初は「本当にそんなに働きやすいのか?」と半信半疑でしたが、入社して一つひとつの仕事を経験するうちに、本当だったんだなって実感していきました。
あかるそうに話す三木佳世子さん

三木佳世子(みき・かよこ)。チームワーク総研アドバイザー。テレビ局のディレクターを経て、2018年8月にサイボウズに転職。前職のディレクター時代に、代表取締役社長の青野慶久と出会う。青野から「サイボウズの働き方」の話を聞いたことが、サイボウズに興味を持つきっかけとなる

小林
小林
僕も、転職前のイメージとのギャップはありませんでした。
三木
三木
サイボウズでは、みんなが当たり前のように午後から出社したり、16時には帰ったりと、違った働き方をしています。ほかの人を気にしていないといいますか。

ただ、その分「自立」を求められるので自分が決めたことは、自分で責任を取る必要があって。
林田
林田
うん、うん。
三木
三木
「自分の働き方」を上司が決めてくれるわけじゃない。「自分がどうしたいのか」が大切になるので、意思が弱い人には厳しい職場だと思います。
小林
小林
言い訳できませんよね。
流石
流石
林田さんは、何か驚いたことはありましたか?
林田
林田
新卒2〜3年目の社員が、こんなに会社をグイグイと引っ張っているとは思いませんでした。
目線を上に向けながら話す林田恵美さん

林田恵美(はやしだ・めぐみ)。西日本営業部に所属。2018年7月に、大手食品企業から転職した。30人規模の大阪オフィスに在籍し、そこで形にした成果を東京本社に発信している。本社にある「営業戦略部」を兼務しながら、大阪オフィスと東京本社とのプロジェクトを、うまく橋渡しできるような役割を目指す。今回は大阪オフィスからリモートで参加

流石
流石
新卒が活躍しやすい会社だな、と。
林田
林田
そうですね。前職では、新卒は3年経つまで言われたことをひたすらやるのが当たり前で。「こんなに若手が、プロジェクトを主体的に進められる環境なんだ」とびっくりしました。
小林
小林
社員が若手のときから、「あなたが担当者なんだから、きちんと説明をしなさい」と「説明責任」を教え込まれているからですよね。

だからこそ、若手がほかの大企業では課長レベル以上じゃないとできないようなことにも挑戦しやすいんだな、と感じます。
手を広げて話す小林悠さん

小林悠(こばやし・ゆう)。ビジネスマーケティング本部BPM部。2018年1月入社。新卒だけでも1000人を超える、いわゆる「大企業」の電機メーカー出身。入社後すぐに、前職で得たスキルを伝える勉強会を開催して社内各部署から30名を動員した。また、中途社員を集めたランチ会を開くなどして、社員同士が交流できる機会を積極的につくっている

サイボウズは大企業病になりかけている?

ビデオ通話の先から答える林田さん
流石
流石
逆にみなさん、サイボウズに入って問題に感じることはないんですか?
林田
林田
いやいや、ありますよ! 私は、サイボウズが「大企業病」になりかけていると思っていて。
流石
流石
えっ、そうなんですか?
林田
林田
はい。私は関西の営業チームに所属しているのですが、「営業活動をもっと部門横断で協力してやればいいのに」と思っていて。

でもそれを東京の本社に伝えようとすると、とたんに動きが遅くなる。「違う部署の話だから、そっちに振って」とか。
小林
小林
あー……あるある。大企業病になるだろうという危機感はあります。
流石
流石
サイボウズって風通しのいいベンチャーのイメージでしたけど、従業員数は意外と700人以上いて、毎年増えていますもんね。
小林
小林
そうなんです。僕が入社する数年前だったら、まだ全従業員がおたがいに顔見知りくらいの会社規模だったと思うのですが、今は人数が増えてきて「自分の部署のメンバーを把握するだけでも精一杯」という人も多いと思います。
林田
林田
規模が大きくなっている分、今のサイボウズは縦割り主義になりかけている気がします。「せっかく、チームワークあふれる社会を目指している会社なのにそれでいいの?」って思うことはあります。

入社した次の日、一緒にランチを食べに行く人がいなかった

流石
流石
三木さんは「サイボウズが大企業病になりかけている」と感じたことはありますか?
三木
三木
うーん。大企業病とは違うかもしれませんが、中途社員へのフォローが足りていないと感じることはありますね。これは逆にベンチャーあるあるなのかな。
林田
林田
あー、わかるかも。
三木
三木
「サイボウズ流の仕事の進め方」についてレクチャーがなかったので、最初は戸惑いましたね。
積極的に話す三木さん
流石
流石
どんな進め方なんですか?
三木
三木
前職では、自分の頭で考えるのが基本で、チームにはあまり頼らない感じでした。

一方、私の部署では「これがわからなくて困っている」「こういう風に進めてます」という情報もグループウェアで細かく共有しながら進めます。

誰かがそのコミュニケーション作法を教えてくれるわけではないので、慣れるまで苦労しました。
小林
小林
中途社員は放置されがち問題、ありますよね(笑)。

僕も転職した当初、「中途社員ならではの寂しさ」を感じていました。
鼻のあたりに手を近づけながら話す小林さん
流石
流石
寂しさ、ですか?
小林
小林
入社前、「サイボウズには中途社員のコミュニティがある」というサイボウズ式の記事を読んで、「中途社員を受け入れる土壌は整っているんだな」とわくわくしていたんです。
「仕事デキない人を採用しちゃったな」と思われる恐怖、ひとりぼっちの中途社員が自信を取り戻すまで
小林
小林
でもいざ入社すると、その中途社員コミュニティを立ち上げた男性は育休中で、入社した次の日からランチを一緒に食べに行く人がいなくて。
林田
林田
放置されたんだ。
小林
小林
ははは、はい。ほかの部署を観察していたら、ほかの中途社員もみんな寂しそうで、社内で孤立しているんじゃないか? と。
流石
流石
中途社員だと、新卒みたいに同期同士で集まらないですもんね。
小林
小林
はい。前職の大企業では、他部署で何が起きているのか、どんな人が働いているのかがわからない状況が嫌だったんです。

このまま社内のつながりが少ないと、サイボウズもすぐ大企業病になってしまいそうだな、と危機感を覚えました。

課題を目の前にしたなら、自分から動き出さないと何も変わらない

積極的に話す小林さん
流石
流石
サイボウズにもいろいろな課題があると、みなさん少なからず感じているんですね。

社内の問題を見つけたら、みなさんはどうされるんですか……?
小林
小林
僕は「ランチおじさん」の活動をはじめました。
流石
流石
ランチおじさん!?
小林
小林
社内SNSのキントーンで、入社したばかりの中途社員を見つけては、「ランチに一緒に行きましょう」と書き込みまくるんです。
社内ツール・キントーンで、小林さんがチャットでランチをお誘いしている様子.png

社内SNS上で「ランチおじさん」の活動をする小林さん

流石
流石
おお(笑)。
小林
小林
前職では行動を起こさず、自席でランチを食べ続けていました。

でもその結果「他部署で何が起きているのかわからない」「どんな人が働いているのかわからない」という状況になってしまった。

「自分からちゃんと動かないと、何も変わらない」と思い、勇気を出していろいろな部署の人をランチに誘うようにしたんです。
流石
流石
自分から知り合いを増やそうとしたんですね。
小林
小林
ランチの後は、「今日はこんな人とランチをして、こういう話をした」と、キントーンで発信し続けました。

そうすると、どんどん他部署とのつながりが増えていって。
林田
林田
今では、新しく入社した中途社員を歓迎する「中途ランチ会」が、小林さん主催で毎月開催されるのが当たり前になっていますよね。
毎月のランチ会開催時の小林さんのメッセージが書かれたキントーンの画像
小林
小林
気づいたら公式行事みたいになってきました(笑)。

活動がどんどん認知されていって、転職した1年後にはサイボウズ社内の年間MVPを決める「サイボウズオブザイヤー」で新人賞をもらいました。「この方向で進んでいいんだ」と自信を持てましたね。
表彰をする社長の青野と、その前に立つ小林さん.jpg

※サイボウズオブザイヤー…サイボウズ社内の年間MVPを決めるイベント。社員が「ありがとう」を伝えたい人にコメント付きで投票し、一番多かった人が選ばれる仕組み。他部署とのつながりをつくる活動が評価され、小林さんがMVP受賞。

流石
流石
三木さんも、業務に慣れるのに苦労されたあと、何か行動されたんですか?
三木
三木
私のように、サイボウズの仕事の進め方やコミュニケーションに最初慣れない人もいるだろうと思い、中途社員向けにコミュニケーション勉強会を企画しました。
たくさんの中途社員が集まってホワイトボードを使い話し合う様子

三木さんが企画した「中途社員のためのツール勉強会」では、「対面とオンラインコミュニケーションの使い分け」「業務のやりとりに絵文字は使うか」「質問するときは公開スペースのほうがいいのか」などが話された

小林
小林
あの勉強会、よかったよね。
三木
三木
「モヤモヤが晴れてスッキリした!」「勉強会を開いてくれてよかった!」という声があって嬉しかったですね。

あとは、同じ時期に入社した中途のメンバーと一緒に、人事に対して「中途社員へのフォローが手薄なんじゃない?」と伝えました。
流石
流石
おお、人事にも働きかけたんですね。
三木
三木
その結果、他にも同じような声が上がっていたこともあり、社内で「中途社員のオンボーディングに力をいれよう」というプロジェクトが立ち上がりました。
中途社員向けアンケートがキントーンで呟かれている様子

人事や情シスによってオンボーディング改善が行われ、本部長会議で起案された

三木
三木
さっそく人事が中途社員向け研修の頻度を改善してくれたり、情シスが社内システムの使い分けをわかりやすく資料にまとめてくれたりしたので嬉しかったです。
流石
流石
すごい。林田さんはどうですか?
画面越しで明るい表情で話す林田さん
林田
林田
私は「マーケティングやサポートなど、いろいろな部署と連携して営業活動を行っていきたい」という思いがあったのですが、人数が多い東京本社で動き出すのは難しそうで。

そこで、まずはスピーディーに動ける関西チームだけで、お客様のフォローを部署横断でできるようなプロジェクトを立ち上げました。
林田さんが立ちあげた「関西一気通貫プロジェクト」のキントーン内のスレッド

林田さんが立ちあげた「関西一気通貫プロジェクト」は、全社員に見えるようになっている

林田
林田
そうしたら東京本社の営業部にもそれが伝わり、「いいね!」と言われるようになって。

東京本社でも「お客様の行動を部門横断できちんと把握し、フォローしていこう」という方針が広がり、今はいくつも部門横断プロジェクトが立ち上がってますね。

課題を見つけて改善できるのは、社内に心理的安全性があるから

楽しげに話す三木さん
流石
流石
これまで「サイボウズ」というといいお話ばかり聞いていたので、サイボウズにもいろいろな課題があることがわかって、なんだか親近感がわいてきました。
林田
林田
メディアではきれいなところばかりが取り上げられがちですが、大企業病が始まりそうだとか、中途社員へのフォローが手薄だとか、課題と感じる点はたくさんありますよ。
流石
流石
それにしても、みなさん社内で課題を感じたら、何かしら自分で行動したり、人事や上司に伝えたりしているんですね。

ふつう中途社員って「目をつけられないようにしよう」「まずは業務をちゃんとできるようになってからそういう改善はしよう」と思ってしまいがちだと思うのですが……。
三木
三木
なんだろう、サイボウズ自体に心理的安全性があるから、改善活動をしやすいですよね。
小林
小林
ほとんどのやりとりがオープンになっているのは大きいですよね。

社内SNSのキントーンで問題だと思っていることをつぶやけば、共感してくれる人や解決しようとする人が集まるんです。
サイボウズ社員がキントーン上でのつぶやきで問題提起して会話が始まっている様子
林田
林田
「いいね!」の数で、誰か共感しているかわかるしね。
三木
三木
そのあと、誰かしらが解決するプロジェクトが立ち上げてくれて、改善していくよね。
プロジェクトがキントーン上で動き出した様子
小林
小林
前職はコミュニケーションの手段がメールだったから、何か社内で問題に思うことがあっても、それを伝えるには上司と飲みにいくしかありませんでした。

でもサイボウズはキントーンというオープンな場所でみんながつぶやいているから、自分の気持ちを表明しやすいと感じています。
三木
三木
うんうん。社内を良くしようとしているのは中途社員だけじゃなくて、若手もやっています。
林田
林田
最近だとマーケティング部に配属された新人4人が「副社長のTwitterアカウントが古臭いんじゃないか」といって、副社長のTwitterをプロデュースする企画を始めてたよね。
新入社員が副社長のツイッターについてキントーン上で自発的に議論している様子
三木
三木
若手社員が思ったことを全然隠さず言うからびっくりしました(笑)。
小林
小林
会社で理想を達成しようとすれば、なにかしら問題が出てくるのは当たり前。そんなときに、みんながそれぞれやるべくアクションを見つけて、自分たちで改善していく。それがサイボウズだと思います
明るい表情で手を握りながら話す小林さん
三木
三木
自分が動かなきゃ変わらない。誰かが変えてくれるわけじゃないから辛いこともあります。

でも、声を上げればちゃんと改善する雰囲気がある。だから、みんな日々当たり前に課題解決している気がしますね。
林田
林田
サイボウズはこれからも人数が増えていくから、新しい壁にぶち当たっていくと思います。

でも「楽しく仕事をしよう」というサイボウズが、大企業病になってコケちゃうのは本当に嫌。だから、これからも自分たちのできる範囲で努力していきたいです。

文・流石香織/編集・松尾奈々絵(ノオト)/撮影・二條七海/企画・熱田優香

「ビジネスのバラバラをひとつに。キントーンの詳細はこちら」

「青野さん、取材やTwitterばかりで仕事できてるんですか?」と聞いてみたら、マネジャーが本当にすべきことが見えてきた

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仕事をたくさん任せています

吉原
吉原
よくメディアに出られたり、Twitterでツイートされていたりしますが、青野さんって、経営の仕事は本当にできているんですか……?
青野
青野
ははは。これ、たまに言われるんですよね。この前は社外の方にも言われました(笑)。
大笑いする青野

青野慶久(あおの・よしひさ)。1997年8月愛媛県松山市でサイボウズを設立し、2005年4月に代表取締役社長に就任(現任)。ここ数年はメディア出演やTwitter(@aono)での露出が増えつつある。

青野
青野
意外かもしれませんが、メディア出演やTwitterといった広報活動には、3割ほどしか時間は割いていませんよ。残りの7割は、「意思決定」という経営の大事な仕事に費やしています。
吉原
吉原
メディアでの活動があれだけあって3割? それで残りの7割の時間は、一体どう時間を割いているのですか?
笑うインタビュアーの吉原

サイボウズ 新卒3年目の吉原。仕事の合間にTwitter(@yosshimusic)を開くと、青野さんが何かしらツイートしていることが多く、その頻度に驚きと一抹の疑念を抱いている。

青野
青野
なんでしょうね。あるとすれば、仕事をたくさん他人に任せていることでしょうか。

直接かつ簡単に仕事を任せやすい仕組み

吉原
吉原
仕事を任せるといっても、それはそれで大変じゃないですか? 仕事を他人に任せるのが心配という人も多いと思うんです。
青野
青野
まず、仕事を任せやすい仕組みはつくっていますね。
吉原
吉原
仕事を任せやすい仕組み?
青野
青野
はい。ポイントは2つあります。「余計な人は通さない」と「なんでも公開する」。

たとえば僕、創業時からずっと秘書がいないんですよ。
吉原
吉原
えっ、「秘書がほしい」と思ったことはないんですか? いそがしい社長って、だいたい秘書を雇っているイメージがありますが。
青野
青野
ないです。秘書を置かないほうが効率的なので。

秘書がいると、何事も「まずはこの人を通しましょう」となりますよね。すると、誰かが僕のスケジュールを押さえたいときにも、秘書を通して、僕が確認して、また秘書が返事をすることになる。

めちゃくちゃ無駄ですよね!? 直接僕に言ってくれたらいいじゃないですか。
腕組みをして話す青野

「無駄は良くないですよ」

吉原
吉原
たしかに、社員の僕たちとしてはそのほうがありがたいですが……。しかし、社長がスケジュール調整に直接かかわるって、それはそれで無駄ではないでしょうか?
青野
青野
だから、グループウェアで予定を公開しているんです。そうすれば、あとは関係するメンバーが予定を直接調整してくれますから。
吉原
吉原
あー、なるほど。
サイボウズのグループウェア「Garoon」の週間スケジュール表示画面

そういえば僕も青野さんの予定は見られるのでした

青野
青野
スケジュールに限った話でもないですよ。たとえば、何か任せたい仕事が出てきたら、グループウェア上の「青野慶久からの無茶ぶり」というスペースで、適任と思われる人に直接連絡しています。
サイボウズのグループウェア「Garoon」内の「青野慶久からの無茶ぶり」スペースの画面

サイボウズのグループウェア「Garoon」内の「青野慶久からの無茶ぶり」スペース

青野
青野
たとえば、ときどきわたしに営業案件のご紹介をいただくことがあるのですが、そのときは営業の現場チームに直接お願いをするんです。
青野がグループウェア内で社員に連絡している画面

福岡の営業の案件を、福岡の営業担当に直接連絡している

吉原
吉原
秘書はもちろんのこと、直属の部下を通して、さらにその部下を通して、という流れではないんですね。
青野
青野
ええ。適切な現場メンバーが分かっているなら、 余計な人を通すなんて無駄なだけですからね。
吉原
吉原
たしかに。あ、そういえばこの「青野慶久からの無茶ぶり」は、社員全員に公開されているんですね。僕でも閲覧できる。
青野
青野
はい。誰かにお願いしても、いろいろな理由や事情でその人が動けないこともあります。

そんなときにまたほかの人に説明し直すのは大変だから、最初からすべて公開しておいて、別の人に宛先指定をし直せばいいだけにしているんです。
青野がグループウェア内で社員に連絡をし、その後、さらに別の社員を宛先として追加して連絡している画面

共有すべき相手をあとから思いついたので、宛先指定を追加している様子

青野
青野
たまに有志が自ら手を挙げて、仕事を巻き取ってくれることもありますよ。無駄がありませんよね。
真剣な顔で話す青野

“無駄”について語り出すと止まらない

吉原
吉原
なるほど。余計な人を通さず、誰かに直接仕事を任せられる。その上、お願いした人がダメでも、別の人がすぐに巻き取れる、ということですね。

これは、仕事を任せるのが楽にできそうですね。経営者でなくとも、実践できるところはありそうです。

理想に立ち帰れば、任せるべき仕事が見えてくる

吉原
吉原
しかし、そもそも他人に仕事を任せることに、心理的な抵抗はないんですか?

任せるどころか、「自分がかかわることについては、何でも自分が握れていないと気がすまない」という人も少なくないと思うのですが。
青野
青野
それはないですね。もうあきらめているんです。
吉原
吉原
あきらめている?
青野の説明をじっと聞くインタビュアーの吉原

(社長に仕事をあきらめられると困るぞ……?)

青野
青野
僕たちの企業理念は「チームワークあふれる社会をつくる」ですよね。そんなに高い理想を本気で達成しようとすると、どうしたって仕事があふれてしまうんですよ。
吉原
吉原
高い理想を追求しようとすれば、あきらめて他人に任せるしかないほど、たくさんの仕事が自然と出てくると。
青野
青野
そうです。そして、サイボウズはもう800人を超えるチームになっています。もうすべてを完璧に把握するなんて無理ですよ(笑)。

だからあきらめています。「すべてを把握すること」が、理想につながるわけでもないと思いますし。
吉原
吉原
常に「それが理想につながるか」が基準なんですね。
青野
青野
はい。だから言い方を変えれば、「自分自身がやることが理想につながる」と思うことは、他人に任せず、自分でやればいいと思います。

そう考えると、仕事を他人に任せられない人は、「そもそも何がやりたかったんだっけ?」と、理想に立ち戻ることが必要なのかもしれませんね。そうすれば、「他人に任せるべき仕事」が見えてくるはずです。

マネジャーが自分ですべきことはそんなに多くない

吉原
吉原
なるほど。「自分じゃないといけない」と思い込んでいること、僕もありそうです。
青野
青野
僕も以前は自分が「エースで4番」だと思っていたことがたくさんありました。

けど、もっとすごい球を投げたり、もっとよく打てたりする人が周りにはいて、任せてしまったほうがいいこともあると少しずつ気づいたんです。

最近はむしろ、メンバーに任せられることが本当に多くて、僕の仕事はいずれなくなっちゃうんじゃないかなとさえ、ときどき思いますよ。
半ば遠い目で笑う青野
吉原
吉原
では、青野さんはいずれ社内無職に?
青野
青野
そこまではないと思いたいですね(笑)。というのも、やはり経営者が自分でやるべきこともあるとは思っているんです。

「広報活動」と「意思決定」は最初に言った通りです。あとは「価値観の番人」。これはわたしのようなマネジャーの役を担う人間にとって、重要な仕事だと思っています。
吉原
吉原
価値観の番人?
青野
青野
サイボウズでは、「理想への共感」「公明正大」「自立と議論」「多様な個性」という価値観を、みなさんに大事にしてもらっていますよね。

この価値観から逸脱した様子が社内で見られないかだけはよく見守って、必要なら声をかけるようにしています。
吉原
吉原
より高いパフォーマンスで社員が働けるように、風土の番人をしているということですか。
青野
青野
はい。そして、これもやっぱりグループウェアが役立っていますね。

いろんな人たちのやっていることや考えていることが見えるので、それを見つつ、声をかけたり、改めてメンバーみんなに発信したりしています。
青野が守ってほしい「公明正大」の価値観について、kintoneで社員に向けて発信している画面

青野が守ってほしい価値観について、サイボウズの業務改善クラウドサービス「kintone」上で発信している様子

吉原
吉原
なるほど。
青野
青野
逆に言うと、マネジャーがすべきことって本当にそれくらいなんじゃないかと思いますね。

意思決定と、チームの価値観を守る活動。そして、経営者なら広報活動。あとは、誰かに任せてみてもいいんじゃないでしょうか?
吉原
吉原
そこまで具体的になると、今日からでも任せられそうな仕事が見えてきそうですね!

今日はありがとうございました。青野さんがTwitterばかりしているわけでもなく、社内無職になるわけでもなさそうで、安心しました(笑)。
青野
青野
サイボウズのこともツイートしていますからね! 仕事はしっかりしているということで、ご理解よろしくお願いします(笑)。

文:多田慎介/撮影:内田明人/企画編集:吉原寿樹

子どもが学校になじめなくても悲観しなくていい。親は学校の外の世界を見せてあげよう──筧捷彦×中山ところてん

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「浮きこぼれ」という言葉を知っていますか?

「落ちこぼれ」の対義語で、高い学力ゆえに学校生活になじめない子どものことを指します。

機械学習に関するコンサルティングやシステム開発に携わる中山ところてんさんは「浮きこぼれ」として、小中学生時代に不登校を経験。 一方、筧捷彦さんは、国際情報オリンピックの運営など、長年情報分野の教育に携わる上で、就職に悩む若者を多く目にしてきました。

対談を通して、周囲になじめない子どもたちが居場所を見つけるためにはどうしたらいいのか、また日本の情報教育のあり方について考えます。

授業で手を挙げて全部答えたら、「君は当てない」と言われてしまった

中山
中山
僕は、小学校から中学校の途中まで、学校に通うことができなかったんです。
筧
そうだったんですか......。なにか理由はあったのでしょうか。
中山
中山
小学校の頃、テストの点などはそれなりに取れていました。というか100点以外は取らないような子でした。
筧
素晴らしいじゃないですか。
中山
中山
ですがその結果、僕が授業で手を挙げると1から10まで全部答えてしまうということで、「君は当てない」と先生から言われてしまったんです。
筧さんに向かって話す中山さん

中山ところてんさん。電気通信大学大学院電気通信学研究科博士前期課程修了。通信会社の研究所やソーシャルゲーム会社を経て、2017年から株式会社NextInt代表。著書に『仕事ではじめる機械学習』(共著、オライリージャパン)、『キズナアイ 1st写真集 AI』(寄稿、KADOKAWA)など。Twitter(@tokoroten)やブログ「ところてん – Medium」において、エンジニアリングやビジネス開発など幅広いテーマについて発信している。

中山
中山
それで先生に不信感を抱くようになり、不登校になってしまって......。
筧
そんなことがあったんですね。不登校になってからは、どうしたのですか?
中山
中山
フリースクールに通うようになりました。

そこで、出会った上級生の影響で、パソコンや情報分野に引き込まれるようになりました。
筧
今の仕事につながるほど、熱中できるものを見つけたんですね。
答える筧さん

筧捷彦(かけひ・かつひこ)さん。東京通信大学情報マネジメント学部情報マネジメント学科教授。東京大学大学院工学系研究科・計数工学専攻修士課程修了。工学修士。早稲田大学理工学術院教授、日本ソフトウェア科学会理事、情報処理学会理事、特定非営利活動法人情報オリンピック日本委員会理事長、公益財団法人情報科学国際交流財団理事長などを歴任。早稲田大学名誉教授

中山
中山
はい。中学からは保健室登校をするようになり、2年生から復学しました。

高校は進学校に進みました。優秀な生徒がたくさんいて、「自分は大したことないな」と思うようになったら、生きるのが楽になったんです。

大学ではサークル活動やプログラマーのアルバイト、ゲーム会社でのインターンに明け暮れていて、成績は下のほうを低空飛行、留年もしました(笑)。
筧
フリースクール、中学、高校と環境が変わり、状況が好転していったんですね。
中山
中山
得意なことがあっても、なかなか理解されず、僕みたいに周囲や環境になじめない子たちは、たくさんいると思うんです。

一昨年前から未踏ジュニアの活動をお手伝いするようになったのですが、実際自分と同じような経験をしている子は決して少なくないな、と 感じています。
筧
集団授業はみんなが一緒に学んでいくことが前提ですからね。

中山さんのように、少し「普通」とちがう子がいると、先生もどうしたらいいのかわからず、とりあえず周囲から浮かないようにさせようとするのかもしれません。

日本の学校教育は、「お金の稼ぎ方」を学ぶ機会がなさすぎる

筧
私は長年大学で教鞭(きょうべん)をとってきましたが、情報分野の元学生たちや、国際情報オリンピックのかつての参加者からも、就職先で苦労している話はよく聞きます。

得意なことがあっても生かせる環境を見つけるのに苦労するのは学校だけではなく、社会に出てからも同様かもしれません。
中山
中山
そうですね。
筧
周囲に合わせられなくても、際立った専門性や個性を持っている、という存在がいます。しかし、そういう人たちがプロとして食べていける道が、あまり紹介されていない気がするんです。

情報系に関して言うと、大企業を中心につくられた世の中の枠組みの中で、能力を発揮して活躍するという道が、ほとんど絶望的にないと言ってもいい。
筧さんの手
中山
中山
おっしゃる通りだと思います。
筧
日本では、「情報技術者を育成しよう」と文部省が音頭をとり、1970年ごろから、国立大学に情報系の専門学科・専攻が設けられるようになりました。

でも当時から、そうしたところを出た人材がどこで活躍するのか、 方向性が明確になっていなかった。
中山
中山
はい。
筧
大企業に入ると、情報技術に関する知識がほとんどゼロの文系の人たちと一緒になって、今さらのように「コンピュータとは」みたいな話から研修が始まるんです。それが「やっていられない」という若い人材がたくさんいました。

今はエンジニアのニーズが高まって、「高度IT技術者を育てよう」と散々言われているけれど、状況は根本的には変わっていません。
中山
中山
情報技術のプロなのに、プロとして活躍する場所がなく、認められる場面もない
筧
専門性を持った人材をほかの人材と同じようにマネジメントする企業も多いでしょう。

高い専門性を持った人材が実力よりもレベルの低い仕事を任されたり、なぜかローテーションで自分の専門とは無関係の部署に配属されたりする。モチベーションなんて高まるはずがありません。
中山
中山
2020年度からは、小学校でのプログラミング教育が必修になりましたし、今の中高生が情報分野を深く学ぶようになり、5年後、10年後と進んでいけば、少しずつ状況は変わっていくのかもしれませんが。
筧
変わってほしいですね。変わらなきゃいけない。
中山
中山
「お金を稼ぐ=企業に就職する」「大企業に就職するほうがいい」という価値観が未だに主流ですよね。起業する若者の数は昔に比べれば、爆発的に増えましたが、そういう考えが強いということが、根本的な原因なのかもしれません。

お金を稼ぐ方法をしっかり教えていけば、もっと選択肢が増えると思うのですが。
話す中山さん
筧
日本は資本主義の枠の中にいるはずなのに、教育において、実経済を実体験してみるような機会には乏しいですよね。

「そもそも株式会社とは何なのか、株主はなんなのか」とか、「投資と投機はどう違うのか」とかいうことを学ぶ機会もあまりない。
中山
中山
大学で経済系の専門に進まない限りは、なかなか学ぶ機会はないですよね。
筧
自分のアイデアや専門性を生かして、お金を稼ぎ、世の中を豊かにする。そういう能力を身に着けるすべを、教育機関が提供する必要があるのだと思います。

子どもだけの小さな世界になじめなくても、悲観する必要はない

筧
子どもたちを取り巻く環境そのものは、すでに大きく変わっていると思うんです。

今は、教室がインターネット上にあって、学校に通わずに自分のペースで学べるという学校もあります。建物があって校庭があって……という従来の学校の形ではない。こうした新しい仕組みの学校も増えていくでしょう。
中山
中山
学校の形式が柔軟になることで、救われる子どもは多いと思います。
筧
若い人たちを見ていると、そもそも生活様式からして、私たちの世代とはまったく違うと感じます(笑)。
話す筧さん
中山
中山
生活様式?
筧
私にとってはもう子ども世代ではなく、孫世代ですが、今の子どもたちは勉強しながらスマホを触っているし、常にネットワークにつながっています。
中山
中山
子どもの「スマホ中毒」や「ネット中毒」を危険視する意見もあります。「うちの子はYouTubeばかり見ているけど大丈夫なの?」とか。
筧
それらをすべて規制して切り離そうとするのは、今の時代にはナンセンスでしょう。スマホでもネットでもYouTubeでも、規制するのではなく、親も一緒に参加してみるのがいいんじゃないでしょうか。
中山
中山
そうですね。今はインターネットで、好きなことを軸にいくらでもつながれる時代です。コミュニティも見つけやすい。

子どもの世界になじめないのなら、もっと広い大人の世界も見せてあげればいいんじゃないかと思います。そこから、熱中できるものや、自分に合う世界を見つけられればいい。
筧
視野を広げて選択肢を増やしてあげるということですね。
中山
中山
僕は高校生のときにあるネットゲームをずっとやっていて、オフ会でふらっと東京に来たときに、30代の大人たちとも普通に遊んでいました。そこで上の世代の人たちとつながれたのは貴重な経験でした。

もちろん、子どもがオンラインで大人とつながることには危険がともなう可能性もあるので、親のサポートは必要ですが。
筧
中山さんは、子どもだけの小さなコミュニティにはなじめなかったかもしれないけど、もっと広くて刺激的な世界で成長していたんですね。
中山
中山
はい。大人のコミュニティに参加させてあげることで「あこがれの対象」が見つかり、自然と歩き出せるようになる子もいると思うんです。
笑って話す中山さん
中山
中山
僕の場合は、中学や高校の中の学年で輪切りにされていた世界では得られない視点を、学校の外に見つけることができました。あの体験がなければ、今の自分はなかったかもしれません。

だから、子どもが小さな世界になじめなくても悲観する必要はないと思っています。

日本に約50人。世界トップレベルの能力を持つ生徒たち

中山
中山
筧先生が日本委員会理事長として運営に携わっている国際情報オリンピックには、日本から何人くらいの生徒・学生さんが参加しているのでしょうか?
筧
これまでにのべ50人強ぐらいです。国際情報オリンピックは、1989年にブルガリアで第1回大会が開催されたのですが、日本人選手が初めて参加したのは1994年のスウェーデン大会からです。
話をする筧さん
中山
中山
なるほど。
筧
高度な問題が出題される世界大会へ中学2〜3年から出場して、毎年参加している人もいます。日本には「のべ50人強」の本当に優秀な人材がいるのも事実です。
中山
中山
どんな問題が出題されるのでしょうか?
筧
たとえば「乗り換え案内」にあたるようなサービスをつくるという問題です。

今、アプリを使えば、交通状況に応じて最短ルートを案内してくれますよね。でも、あのアルゴリズムを組むのは実はとても大変なんですよ。
中山
中山
電車運行トラブルが1件起きただけでも、選択肢の数が爆発的に増えますよね。
筧
はい。組み合わせの数が膨大なので、何も考えずに書いたプログラムではそれなりのルートを提示することにさえ時間がかかってしまいます。それを乗り越える良いアルゴリズムを組まなくてはいけません。
中山
中山
たしかに大変な問題ですね……。
筧
そうです。こういった問題を解くことのできる彼らが、いきいきと活躍できる場がもっと増えてほしいと願っています。
談笑する筧さんと中山さん
執筆・多田 慎介/撮影・尾木 司/編集・鈴木統子
「外で遊ぼう」「人との対話が大事」なんて子どもにとって余計なお世話──実践子どもIT教育
子どもにこそ上位機種のMacを与える、親はお古で良い──実践子どもIT教育
父「子どもの環境を整え、あとは本人次第」 、息子「父親より先輩の存在が大きかった(笑)」──実践子どもIT教育のホンネ

いい大学を出たら、いい会社に就職しなきゃだめ?──過去を100%未来につなげなくてもいい

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"せっかくいい大学に入ったんだから"と言われるモヤモヤ

鈴木
鈴木
この前、自分のTwitterに、とある学生のつぶやきがリツイートされてきたんです。
マツオカ
マツオカ
どんなつぶやきだったんですか?
鈴木
鈴木
その人は早稲田大学の学生だったらしいんですけれど、親から「せっかくいい大学に入ったんだから就職しなさい」と言われて、モヤモヤしているという内容が書かれていました。

たぶん、企業への就職のほかに、何かやりたいことがあったんだと思います。
マツオカ
マツオカ
そうだったんですね。
鈴木
鈴木
そこで考えたんです。本当は自分なりにやりたいことがあるのに、学歴のために周りから何か言われて、踏みとどまってしまう人たちがいるんじゃないかと。
マツオカ
マツオカ
なるほど。
鈴木
鈴木
そんなときに。マツオカさんが似たような経験をブログに書かれていたのを読んで、お話を聞かせていただきたいと思ったんです。
マツオカ
マツオカ
ぜひ!
話しているマツオカさん

マツオカミキさん。1989年生まれ。早稲田大学教育学部で社会学や社会心理、メディア論について学び、在学中は出版関連のITベンチャーでコンテンツ制作などを担うインターンを経験。卒業後は老舗文房具メーカーに総合職で入社し海外経理を担当する。2014年に独立し、フリーライターとして活動開始。マーケティング、教育、観光、アウトドア、将棋など、幅広い分野で執筆する。
Twitter:@matsuo_mk ブログ:https://matsuokamiki.com

自分に合った働き方を選んだのに「もったいない」と言われた

マツオカ
マツオカ
私は大学を出て老舗文房具メーカーに就職しました。現在はフリーランスのライターですが、そういった働き方を自分がするとは、学生のときには考えていませんでしたね。
鈴木
鈴木
それはなぜですか?
マツオカ
マツオカ
憧れはありました。でも、周りを見れば「大手や有名企業に入ることが当たり前」という雰囲気があったので。そうした価値観に自分を合わせていったのかもしれません。
考えているマツオカさん
マツオカ
マツオカ
入社して配属された経理部は、毎日15時半にはだいたいの仕事が終わって、定時の17時半には帰れちゃうという職場でした。でもそれが私には向いていなくて。
鈴木
鈴木
定時に帰れちゃう……。人によっては最高の環境じゃないですか?
マツオカ
マツオカ
当時の私には「バリバリ働きたい」という気持ちが強くて、どうしても物足りない感じがありました(笑)。

15時半にあらかた仕事を終えてからの2時間はほとんど何もすることがなくて、無駄にマニュアルをつくり直してみたり、経理に関する本を読んでみたり……。自分の意志とは違う働き方がストレスになっていったんです。
鈴木
鈴木
なるほど。
マツオカ
マツオカ
2年間仕事を続けましたが、ある日精神的なところから体調を崩してしまって、退職しました。
手を合わせているマツオカさん
マツオカ
マツオカ
その後は英語講師などのアルバイトをしながら、複業的に書く仕事を始めました。その過程で「フリーランスという働き方やライティングこそ自分に向いているかも」と思うようになり、本業にしました

でも、最初は会社員だったころのように収入は得られなかったので、周りからは「もったいない」とか「せっかく大学を出たのにそれでいいの?」みたいなことを言われていましたね。

「もったいない」と言われてモヤモヤするのは、自分にもそういう気持ちがあるから

鈴木
鈴木
そうやって周りから「もったいない」と言われたとき、自分の意志を貫くためにはどうしたらよいのでしょう?
マツオカ
マツオカ
私は「自分と他人を切り離す」ことが大事だと思っています。
手振りを交えながら話すマツオカさん
マツオカ
マツオカ
他人には他人の選択基準があるし、自分には自分の基準がある。「もったいない」というのは結局、その人の価値観でしかないんです。

他人にそう言われたからといって、本当に自分の選択が「もったいない」訳ではない。
鈴木
鈴木
なるほど。
マツオカ
マツオカ
でも自分の知っている世界が狭いと、そうやって「もったいない」と言ってくる人たちの考え方が、すべてだと思ってしまうかも。

そうした意味では、いろいろな働き方のロールモデルを知る機会があればいいのかもしれません。
鈴木
鈴木
ロールモデル、ですか。
マツオカ
マツオカ
はい。私も大学時代は親や友だちの考え方、会社員時代は同僚や先輩の考え方が当たり前でした。

でもフリーランスとして働き始めて、それまでは知らなかったいろんな働き方や生き方をしている人たちと出会ったんですね。その過程で「こういう考え方もあるんだな」と視野が広がっていったんです。
鈴木
鈴木
いろんな価値観に触れられたからこそ、「もったいない」と言ってくる人たちの考え方だけが絶対じゃないと思えるようになったんですね。

「何を言われたか」だけじゃなく、「どんな文脈で言っているのか」まで理解する

鈴木の話を聞いているマツオカさん
鈴木
鈴木
ただ、周りの意見にまったく耳を貸さないのも、自分の将来を狭めてしまうと思うんです。

マツオカさんのなかで、「こういう人の意見だったら聞いてもいい」という基準はありますか?
マツオカ
マツオカ
その人自身が楽しそうに働いている人であれば、そのアドバイスは聞きたいなと思います。
鈴木
鈴木
「何を言われたか」だけで判断するのではなく、「どんな人に」「どんな文脈で」言われたかを理解することが大事、ということですか?
マツオカ
マツオカ
はい。たとえば私は、最近はどちらかというと余裕を持って働きたいと思っています。なので、今の私には"仕事が大好きで毎日バリバリ働いている"という人からのアドバイスは、刺さらないかもしれません。

逆に、プライベートでも大切にしたいことがあって、バランスを測りながら仕事をされている方のお話だったら、聞いて参考にしたいと思うかもしれませんね。

過去を100%未来につなげなくてもいい

鈴木
鈴木
そもそも、将来の選択に対して「もったいない」と思ってしまうのは、どうしてなんでしょう?
マツオカ
マツオカ
おそらく「過去を100%未来につなげなきゃいけない」と考えてしまうからじゃないでしょうか。
話しているマツオカさん
マツオカ
マツオカ
以前は私も「学歴や資格など、自分が積み重ねてきた経験はちゃんと生かさなきゃいけない」と思っていました。メーカーを辞めた後に英語講師をやったのも、「過去に取ったTOEICの点数が高かったから、生かさなきゃもったいない」と思ったんです。

同じように、経理のキャリアや簿記の資格を生かさないのももったいないと考えていました。
鈴木
鈴木
過去を未来につなげなきゃいけないという、プレッシャーがかかっていたんですね。
マツオカ
マツオカ
そうですね。そもそも自分の選択肢を広げるためにいろいろ勉強したり資格を取ったりしたはずなのに、気づけばそれが選択肢を狭めることにもなるんだな、と思いました。
手を握りながら話すマツオカさん
鈴木
鈴木
でも、せっかく自分が積み重ねてきた過去の努力を「切り離してもいいんだ」と思い切るのは、勇気がいることだと思います。マツオカさんはどうして、そこを割り切れたのでしょう。
マツオカ
マツオカ
私の場合は、体を壊したことで思い切ることができました。本来は自分の人生を充実させるために仕事をしているはずなのに、それで体を壊すなんておかしいなと。
鈴木
鈴木
そうですね。
マツオカ
マツオカ
だったら、一度過去を切り離してもいいかなと思ったんです。

もちろん、いきなりすべてを切り離すことはできません。会社を辞めた後は経験や資格を生かす仕事をしました。

でもライターの仕事がメインとなってからは、「過去を生かさなきゃ」と焦ることはなくなりました。
鈴木
鈴木
なるほど。そういう意識の変化があったんですね。
話しているマツオカさん
マツオカ
マツオカ
そもそも、周りから「せっかく」とか「もったいない」と言われてモヤモヤするのは、自分のなかにも「もったいない」という気持ちがあるのかもしれません。

そういった気持ちがまったくなければ、「この人は何を言ってるんだろう?」で終わると思うんです。
鈴木
鈴木
たしかに。
マツオカ
マツオカ
だからまず、自分の選択を自分自身が「これでいいんだ」と思ってあげることが大事なんだと思います。

「もったいない」と言われなくなったのは、意志と実績を示し続けてきたから

鈴木
鈴木
現時点でマツオカさん自身は、過去の選択を肯定してらっしゃると思います。

一方で、かつて「もったいない」という言葉をかけてきた周りの人たちからは、同じように理解されているんでしょうか?
マツオカ
マツオカ
そうですね。もう「もったいない」とは言われなくなりました。
話しているマツオカさん
鈴木
鈴木
それはなぜでしょう?
マツオカ
マツオカ
「続けてこられたから」だと思います。ライターを続けて、それを仕事にするという意志を見せ続けたから。
鈴木
鈴木
具体的には、どういうふうに?
マツオカ
マツオカ
私の場合はライターとして何かを執筆するたび、それがどんなに小さな仕事でも、書いたものをしっかり親に伝えたり、SNSで発信したりしていました。

言葉だけで「私は〇〇がやりたいんだ」と口にしていても、その人がどれだけ本気なのか、周囲の人たちも理解しづらいと思います。

でもそこで「実際にこれだけのことをやっています」ということが伝えられたら、周囲の人たちもその人が本気なんだと、わかってくれると思うんですよね。
鈴木
鈴木
たしかに。
マツオカ
マツオカ
だからどんなに小さなことでも、実際にやってみて、その実績を人に伝えていくのって大切なことだと思います。

失敗しても立ち直れるくらいの範囲でやってみるのもいいかもしれません。今だと複業という選択肢もありますし、新しい仕事に挑戦することもそんなにハードルは高くないので。
鈴木
鈴木
なるほど。
マツオカ
マツオカ
同時に、「私はこういう考えでいるよ」ということも結構な頻度で伝えてきたと思います。

結果的に相手が「そうだね」と理解してくれるかどうかは別だけど、自分の想いを伝えないことには何も始まらないので。
手を合わせながら話すマツオカさん
鈴木
鈴木
今までマツオカさんは「もったいない」と言われてモヤモヤされてきたのだと思いますが、逆に、これまで周りの人から言われてうれしかった言葉ってありますか?
マツオカ
マツオカ
あります。会社を辞めたときに、「もっと失敗したほうがいいよ」と言ってくれた人がいたんです。
鈴木
鈴木
もっと失敗したほうがいい。
マツオカ
マツオカ
それまでの私は、なるべく失敗しないように無難な道を歩いてきたんだと思います。だから「もっと失敗したほうがいい」というアドバイスはうれしかったですね。
鈴木
鈴木
「もったいない」という言葉を気にしてしまうのは、その人のなかに「失敗したくない」という気持ちがあるからなのかもしれません。

でも、失敗を恐れて自分のやりたいことができなくなることも、「もったいない」ことなんじゃないかと思います。

本日はありがとうございました!
文・多田慎介/撮影・尾木司/企画編集・鈴木健斗

世の中は、行き過ぎた資本主義から「人の幸せ」に戻ってきつつある──『売上を、減らそう。』中村朱美×サイボウズ副社長 山田理

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「会社を大きくしていきたいけれど、社員の幸せも考えたい」──。

経営者にとって、会社の成長と社員の幸せの両立は永遠の課題。社員の幸せに向き合いたいと思うものの、つい目の前の売り上げを大事にしてしまう……というジレンマに悩んでいる経営者の方は、多いのではないでしょうか?

そんななか、『売上を、減らそう。たどりついたのは業績至上主義からの解放』という強烈なタイトルの書籍が出版されました。

その著者は、京都にある国産牛ステーキ丼専門店、「佰食屋(ひゃくしょくや)」を経営する中村朱美さん。社員一人ひとりの生き方を尊重するサイボウズの考えとも、通ずるところがありそうです。

そこで今回は、中村さんと、サイボウズ副社長兼サイボウズUSA社長 山田理に、「会社の成長と、社員の幸福のマネジメント」をテーマに対談をしていただきました。

「売り上げを、減らそう」と思ったのは、ビビリな性格だったから

山田理
山田理
強烈なタイトルですね。『売上を、減らそう。』って(笑)。
中村朱美
中村朱美
ありがとうございます。思い切っちゃいました。

中村朱美(なかむら・あけみ)。京都教育大学卒業。専門学校の広報として勤務後、2012年9月に飲食・不動産事業を行う「株式会社minitts」を設立。同年11月に『国産牛ステーキ丼専門店 佰食屋』をオープン。子育て中の女性やシングルマザーなど多様な人材の雇用を促進するなど、ワークライフバランスを意識した取り組みが評価され、「第4回京都女性起業家賞」最優秀賞、京都市「真のワーク・ライフ・バランス」推進企業賞など受賞

山田理
山田理
「会社の成長」と「社員の幸福」、どっちも大事ですよね。でも、それを両立させるのはなかなか難しい。

中村さんが本でもおっしゃっているように、あきらめる覚悟がときには必要だと思っています。
中村朱美
中村朱美
いつも思っているのは、経営者が一番大事にすべきなのは、実はお客さまよりも社員なんだということ。

社員が「経営者に大事にされた」と感じられたとき、その気持ちがお客さまへのサービスとして伝わって、お客さまが商品やサービスを気に入ってくださり、結果的に売り上げにつながる。

この循環をつくるには、絶対に一方通行の愛じゃないとダメだと思っているんです。
山田理
山田理
一方通行の愛?

山田理(やまだ・おさむ)。サイボウズ株式会社取締役副社長 兼サイボウズUSA社長。1992年日本興業銀行入行。2000年にサイボウズへ転職し、取締役として財務、人事および法務部門を担当。初期から同社の人事制度・教育研修制度の構築を手がける。2014年グローバルへの事業拡大を企図しUS事業本部を新設、本部長に就任。同時にシリコンバレーに赴任し、現在に至る。11月初旬に、マネジメントに関する書籍を出版予定

中村朱美
中村朱美
はい。私たち経営者は母親のように無償の愛を渡すから、社員はお客さまの方に愛を向けてほしい。その愛は、別に経営側に返してもらわなくてもいいんです。
山田理
山田理
その考え方に至った原点はどこにあるんですか?
中村朱美
中村朱美
私、究極のビビりなんですよ。自分がきっかけで、誰かが傷ついたり、生きづらくなったりするのが怖い。

なので、社員に対しても「私の決めたルールで働きづらさを抱えていたらどうしよう?」って、毎日思うんです。
山田理
山田理
ああ、すごく共感します。

サイボウズも、昔は離職率が30%近かったんです。会社は大きくなっていくけれど、「人の役に立ちたい」と入って来た社員が、体を壊したりして辞めていくのを目の当たりにしたとき、「僕は何をやっているんだろう」と怖くなりました。

僕自身、いいことをしようと思っていたのに、社員にどんどん嫌われていくのも嫌でしたし。
中村朱美
中村朱美
離職率が改善したきっかけはなんだったんですか?
山田理
山田理
幸か不幸か、業績が頭打ちになったので考え直すことができたんですね。

社長の青野さんと一緒に「社員が『この会社がすごい好きだ』と思える会社にしよう」と決めたんです。そうしたら、徐々に売り上げも回復してきたんですよ。
向かい合って話す二人

経営の権限を取られるのが怖いから、会社を「大きくする」ことは考えない

山田理
山田理
でも僕は、やっぱり若いころは売り上げを伸ばし、会社を大きくしていきたいという思いもあったんですよね。だから、さんざん迷った末で、今の自分があるんです。

それに比べて中村さんは、早い段階から、売り上げや雇用について、「1日100食」「社員は30〜40人」と、ある種のリミッターをつけた。

「会社を成長させたい」という選択肢は、考えなかったんですか?

京都駅から電車を乗り継いで15分。佰食屋は、毎日100食限定で国産牛ステーキ丼を提供している。取材日も、ステーキ丼はもちろん完売していた

中村朱美
中村朱美
周りからは「会社の拡大は必要だ」とよく言われています。でも私がやりたいのは、私の会社でちょっとでも幸せに生きられる人を増やすこと

だから上場もまったく考えていないし、むしろ怖いとさえ思っています。
山田理
山田理
その「怖さ」ってなんなんですか?
中村朱美
中村朱美
ふたつありますね。ひとつは、私の知らないことが増えるという怖さ。私は先ほども言ったようにビビりなので、隅から隅まで見回して、自分で把握しておきたいんです。

たとえばもうすぐフランチャイズ事業を始める予定なのですが、それも私が研修をしますし、工事にも立ち会おうと思います。ドンと資金調達して、たくさんお店を出して、上場しようぜ! といった考えは、私には理解できなくって。
話している中村さん
山田理
山田理
なるほど。もうひとつは?
中村朱美
中村朱美
株式を公開して、経営に関する権限を株主に取られてしまう怖さです。経験上、私たちの決断は理解してもらえないと感じてきたので……。

佰食屋を始めたときは、中小企業診断士や大学の先生、金融機関の方々にも「絶対にうまくいかない」と散々言われました。
山田理
山田理
中村さんのやり方を理解できない株主に、反対されたらどうしようという怖さですね。
中村朱美
中村朱美
まさにそうです。もしも株主に反対されて、私には未来が見えている新規事業をできなくなったら、すごくストレスになると思うんです。

上場しない株式会社のいいところは、自分たちだけの権限でやれることだと思っています。
山田理
山田理
もう、共感しかない……。
中村朱美
中村朱美
2回目の共感だ、うれしい(笑)。

僕らのつくりたい社会に共感しないんだったら、株を売っていただいていい

山田理
山田理
サイボウズは上場して19年になりますが、最初の10年は非上場に戻すことばかりを考えていました。

若気の至りで上場してお金は入ってきたけれど、株主とのやりとりはめんどくさいだけで何もいいことはない。

「なんで上場したんやろ?」と、自分たちで株式を買い取ったりもしたけど、非上場ってなかなか難しくて。
話している山田
中村朱美
中村朱美
やっぱり、一回上場すると後戻りできませんよね。
山田理
山田理
サイボウズにはサイボウズの理想があって、社員の幸福や社会に貢献するためにがんばりたい。株価を上げて株主を喜ばせるためにがんばっているわけではないんです。

最後は半ばあきらめて「僕らのつくりたい社会に共感しないんだったら、株を売っていただいていいですよ」と言ってみました。
中村朱美
中村朱美
なかなか、勇気のいる発言ですね。
山田理
山田理
それはもう、ネット掲示板などでは名指しで批判を浴びました。でも、結局はサイボウズに共感して応援してくれる人たちが、それをかき消してくれたんです。

さらにおもしろいことに、しばらく経つと株主総会の雰囲気が「サイボウズファンの集い」みたいに変わってきたんですよ。
中村朱美
中村朱美
え、そんなことが……!

ここで、オーダーしていた国産牛ステーキ丼が登場

上場している方が、会社に共感する人を増やして巻き込んでいけるんじゃないか

山田理
山田理
今では、株主総会で「お金を出すだけじゃなくて、サイボウズのために何をしますか?」って聞いています。

最初は「えっ? 株主が何かやらないといけないの?」という雰囲気になりましたが、だんだんいろんな提案が出るようになっています。

「パンフレット配ります」「自分のコミュニティで製品紹介します」とか、「株主同士で連携させてくれたら、もっと違うアイデアが出るかもしれない」とかね。

嬉しそうに頬張る山田

中村朱美
中村朱美
すごい。株主が、会社の味方になったんですね。
山田理
山田理
サイボウズの株主は約1万人。つまり、社員は約800人しかいないのに、1万人の協力者が増えると、つまり1万800人の社員になるんやと思った瞬間、めちゃくちゃおもしろくなったんです。

もしかしたら、上場している方がサイボウズに共感する人を増やして、巻き込んでいけるんじゃないかって。
中村朱美
中村朱美
たしかに、そうかもしれない。
山田理
山田理
「社員を幸せにしたい」という、働く原点にある大事な考え方がまかり通らない社会のほうがおかしいわけで。

上場会社が、株主のあり方や働くことに対する考え方を変えるムーブメントをつくって成功したら、世の中にも広がっていくんじゃないでしょうか。

会社を大きくすることと、社員や関わってくださる方々の幸福は、今では両立するんじゃないかなって思っています。
中村朱美
中村朱美
今のお話を伺って、純粋におもしろそうだと思いました。今までは上場なんてありえないと思っていたけど、心動かされるかもしれないです。

行き過ぎた資本主義から、もう一度「人の幸せ」という言葉に戻ってきつつある

山田理
山田理
僕は今サンフランシスコにいるんですけど、シリコンバレーにはAppleやGoogle、Facebookなど、世界的に成功した企業があり、世界中から優秀な若者が集まっています。

彼らはキャリアを積んでお金を得て何をするかというと、副業でNPOを運営したり、30代半ばで辞めてボランティアを始めたりするんですよ。

行き過ぎた資本主義から、もう一度「人の幸せ」という言葉に戻ってきつつあるんだと思います。
中村朱美
中村朱美
世界的に、働くことと幸福の関係がテーマになっているんですね。
山田理
山田理
そうだと思います。ただ、こういう話をすると「それはもうNPOじゃないか」と言われるんですね。でも、株式会社であっても、金の亡者にならないという意味での「非営利」ってあり得ると思う。

アメリカで「僕らは世界で一番成功した、株式会社としての“NPO”になる」と言ったら拍手喝采を浴びました。この考え方が、アメリカから日本に逆輸入されてドライブがかかったらいいなと思っています。
中村朱美
中村朱美
会社の成長の仕方にも、いろいろあるんですね。私も今一度、考えてみようかなと思います。

ものの15分で、見事に完食!「ごちそうさまでした。もう一杯いけるわ……」

副社長・山田理のマネジャー本、Amazon予約はこちらから。Facebookにて、書籍の制作過程を公開するコミュニティを運営しています。ご参加されたい方がいらっしゃれば、ぜひこちらから参加リクエストをしてください!
文・杉本恭子 撮影・矢野拓実 企画編集・明石悠佳
「株価を上げたいなら、青野社長がTwitterをやめるべきです」──忖度一切なしで株主と議論してみた
「サイボウズの株価が上がらないのは、市場に嫌われているからですよ」と言う株主に、解決策も聞いてみた

マネジャーに強い想いがあるから、「しょうがないな」とみんながついてきてくれる──まずは自分が熱狂しないと始まらない。ヤフー伊藤羊一×サイボウズ山田理

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『1分で話せ』 の著者で、ヤフー企業内大学・Yahoo!アカデミア学長として、次世代リーダーの育成を担う伊藤羊一さんと、11月にマネジャーに関する書籍を上梓する予定のサイボウズ副社長・山田理。

ともに日本興業銀行でキャリアをスタートし、現在はリーダーやマネジャー育成に携わっているというふたり。

そして、ふたりとも、ファーストキャリアでは苦戦を経験。現在のマネジメントのやり方にたどり着くまでにも試行錯誤を繰り返してきたといいます。

ふたりのマネジャー観がどのように変わったのか、そして変遷の末、たどりついたマネジャーのあり方について話してもらいました。

新人研修では不合格。会社に行けなくなったことも

伊藤
伊藤
僕たちは、同じ日本興業銀行でキャリアをスタートしましたよね。実は僕は最初、会社に馴染めなかったんです。
山田
山田
どうしてですか?
伊藤
伊藤
僕が入社した1990年は、あまり深く考えなくても会社に入りやすい時代でした。だから「社会人になるんだ」っていう意識がないまま入社したんですよ。

それで会社に入ってみたら、体育会系の人ばかりで溶け込めなくて。
1_20190227-27.jpg

伊藤羊一(いとう・よういち)。ヤフー株式会社 コーポレートエバンジェリスト・ヤフー企業内大学「Yahoo!アカデミア」学長。東京大学経済学部を卒業し、1990年日本興業銀行入行。企業金融、債券流動化、企業再生支援などに従事。2003年プラス株式会社に転じ、ジョインテックスカンパニーにてロジスティクス再編、事業再編・再生などを担当後、執行役員マーケティング本部長、ヴァイスプレジデントを歴任、経営と新規事業開発に携わる。2015年4月ヤフー株式会社に転じ、Yahoo!アカデミア本部長として、次世代リーダー育成を行う。著作『1分で話せ 世界のトップが絶賛した大事なことだけシンプルに伝える技術』は32万部を超えるベストセラーに

伊藤
伊藤
半年間の新人研修を終えたときに「この中で4人だけ不合格がいる。立ってもらおうか」って言われたうちのひとりが僕だったんです。

そんな感じで配属されたので、仕事もうまくいかず、人と話すのも苦手。どんどん落ち込んで、26歳のときに会社に行けなくなっちゃうんです。うつになって、数週間休んでいましたね。
山田
山田
そうだったんですか。
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山田理(やまだ・おさむ)。サイボウズ 取締役副社長 兼 サイボウズUSA(kintone Corporation)社長。1992年日本興業銀行入行。2000年にサイボウズへ転職し、責任者として財務、人事および法務部門を担当し、同社の人事制度・教育研修制度の構築を手がける。2014年からグローバルへの事業拡大を企図し、米国現地法人立ち上げのためサンフランシスコに赴任し、現在に至る

伊藤
伊藤
その頃は、うつ病がまだあまり知られていなかったから、「このままサボっているとクビになっちゃう」と思って、会社に行こうとはするんです。でも玄関で吐いちゃって。

ちょっと頑張って、ちょっと休んで……を繰り返していました。1年半くらい、ずっと心と体を痛めていたんですよね。
山田
山田
今の伊藤さんからは想像もつかないですね。
伊藤
伊藤
そこからいろんなことがあったんですが、ひとまず、言われたことをきちんとやって、周囲とコミュニケーションをとっていれば、社会人としては大丈夫だとわかってきた。それが僕の仕事のスタートなんです。

だから僕は、働くことや仕事についてのメッセージを送るときに、「何があってもみんな大丈夫だよ」という姿勢になるのかもしれませんね。

どうやって自分を差別化して違うフィールドで戦うか

山田
山田
僕が入行したのは、伊藤さんの2年後。僕の場合は「銀行員らしくないな」と僕自身も、採用した側もみんな感じていたと思います。銀行内で出世するとなると、周りは頭が良い人ばかりだったから、ついていくのに必死でしたね。
伊藤
伊藤
当時の銀行は、知力があって、かつ「ウオー!」と言うような、猪突猛進な感じの方が多かったですよね。
「ウオー」とジェスチャーで表す伊藤さん
山田
山田
そうそう! その中で自分の強みをどう表現して、どう評価されるのかを意識しながら、8年間を過ごしました。
伊藤
伊藤
そこから、どうしてサイボウズに転職したんですか?
山田
山田
銀行内で出世できるかを考えたりするようになったときに、ちょうど銀行の統合の話もあり、「銀行で骨を埋めるのは無理だな」と思ったんですよ。

そこからいろいろな縁があって、2000年にサイボウズに入りました。現在は、連結で約800名ほどの規模になりましたが、社員数はまだ10人くらいでしたね。
伊藤
伊藤
へえ、そんなに少なかったんですか。
山田
山田
そうです。財務をやって、上場の準備をしながら採用も担当し、内部統制や法務、管理部門を一貫して立ち上げました。

その後、2014年にはアメリカに行くことになったんですが、アメリカでもひとりでゼロから部門の立ち上げやって。

個性をどう生かすか、どういう風に周りと差別化して、違うフィールドで戦うかをずっと考えてきましたね

支配的なマネジメントが当たり前だと思っていた

伊藤
伊藤
僕は、日本興行銀行に14年勤めたのち、2003年にプラス株式会社に転職しました。

そのときは、サラリーマンとして与えられたことをしっかりやることだけが仕事だと思っていたんです。それ以上のプラスαをあまり意識しなかったですね。
山田
山田
それも今の伊藤さんからは想像がつかないですね。仕事への意識が変わったきっかけはあったんですか?
伊藤
伊藤
2011年の震災です。ちょうどリーマンショックの後で、事業がマイナスになり、僕もラインを外されていたのですが、震災の際には自らがリーダーとして物流や商流の復旧を進めました。

そのときはじめて、マネジャーやリーダーの役割は、AかBを選ばなきゃいけないときに、どちらかに決めることだということを知ったんです
話す2人
伊藤
伊藤
バッサバッサと決断していったら、結果的にものすごい早さで物流が復旧しました。

そして何か月後かに、マーケティング本部長がトップに昇格するから、「伊藤、お前がやれ」とオファーをもらって。

僕を本部長に据えるかについては、賛成と反対に真っ二つに分かれていて、前日まで決まってなかったそうなんですが。
山田
山田
え、どうしてそこまで揉めたんですか?
伊藤
伊藤
僕のマネジメントが上からで、強いと感じてしまう人もいて。
山田
山田
本当に?
伊藤
伊藤
そう。今思い出すと笑っちゃうくらい、力によるマネジメントをしていました。マネジャーの仕事は、バンって決めて「やれっ!」と命じ、部下に一糸乱れぬように行動させることだと思っていたんです。
山田
山田
銀行の体制がそうなりがちでしたしね。
伊藤
伊藤
そうそう。「伊藤は新しいことをやろうとしている」と賛成してくれる意見もある一方、「あいつに任せるととんでもないことになるんじゃないか」という反対意見もありました。

社員の才能と情熱を解き放つのがマネジャーの仕事

山田
山田
マネジメント観が変わったきっかけは何でしたか?
伊藤
伊藤
2015年に転職したヤフーで出会った1on1です。

それをきっかけに、マネジャーの仕事は、社員と1対1で対話して、社員の才能と情熱を解き放つことだとわかりました
山田
山田
なるほど。
伊藤
伊藤
1on1をするうちに、仕事って自分1人でできるわけじゃないし、支配的なマネジメントをしても、みんながついてくるのって、ものすごい短期間だけだと気づいて。
話す伊藤さん
伊藤
伊藤
銀行時代の「飲み会でいくら明け方まで飲んでも、翌朝1番に出社して座ってろよ」というような、昭和のマネジメントの下で育ったから、そのやり方しか知らなかったんですよ。

プラス株式会社でも短期間で役職のレイヤーが上がっちゃったから、焦る気持ちから上から押し付けるようなマネジメントになっていたんでしょうね。

山田さんはどのようにして、今のマネジャー観ができたんですか?
山田
山田
僕はサイボウズに入って、下にたくさん人がつくようになってから「僕に何ができるんだろう?」って思ったんですよね。

年下の営業やエンジニア、マーケティングの子のほうが、僕の知らないことをたくさん知っているんだなと。
伊藤
伊藤
うんうん。
山田
山田
その中でマネジャーとして結果を出していかないといけない。僕ができることって、みんなに「協力して」ってお願いするしかないんです。
話をする2人
伊藤
伊藤
それに気づいたのって、具体的にどのタイミングでしたか?
山田
山田
サイボウズの離職率が28%になって業績も頭打ちになったときです。M&Aもして、たくさんリストラをしていた最中かな。社員の数もどんどん増えていって「今のままじゃ無理だ」って思いましたね。

最初は評価も成果主義で厳しくやっていたんですよ。業績が上がっているうちは「人が辞めても、別の人を採用すればいいや」となるし、業績がすべてを正当化してくれるところがありましたから。

けれど業績が頭打ちになったら、辞める人も増えるし、社内の雰囲気も悪くなって「僕、何やってたんだろう」って思ったんですよね。

大切なのはスキルではなくマインド。自分をリードできなきゃ、人のこともリードできない

伊藤
伊藤
マネジャーとして大事なのは、スキルじゃなくてマインドだと僕は思うんですよね。

ドラッカーは「リーダーとマネジャーは違う」って言っているけど、僕は同じだと思っています。

Yahoo!アカデミアで取り組んでいるリーダー教育やリーダー開発でも、「みんなが目指すべき理想のリーダー像は同じじゃない。自分らしさを強く意識してリーダーになることが大事だ」と伝えています。
山田
山田
なるほど。
伊藤
伊藤
「Lead yourself」を大事にして、自分自身をリードできなきゃ、人なんてついてくるわけない

結局リーダーやマネジャーは、自分がエンジンになってスイッチを入れる必要がある。「これをやろう」って言えばみんなが巻き込まれるか、と言ったらそうじゃないんですよね。まずは自分が熱狂しなくちゃいけない。

「俺はこれやりたいんだ」っていう想いがあるから、「しょうがないな~リーダー」と言ってみんながついてきてくれるんだと思います。
話す伊藤さん
山田
山田
それは僕も共感します。キャンプファイヤーでたとえるなら、マネジャーは火を燃え上がらせて、メンバーが踊る中、自分も真ん中で踊っている人だと思うんですよね。
伊藤
伊藤
なるほど。最終的な理想は、リーダーだけじゃなくて、チームみんなが自分自身を導けなくてはならないんですね。

自分を理解しつつ、みんなの意見を聞いていけば、最強のチームになると思いますね。
山田
山田
インターネットの世界は、まさにそうですよね。「いいね!」や共感で動いていく。
伊藤
伊藤
共感を得るためには個人の意思も大事だけど、自分勝手に生きればいいわけじゃないですよね。共同体の一員だから共同体に何ができるかも考える必要があります。
山田
山田
共感を呼ぶだけではなく、リーダーはいかに人の心を動かすような表現ができるかも大事ですね。

マネジャーの仕事は「1対n」だけではなく、「1対1×n」が大事

山田
山田
大きな質問になりますが、マネジャーの仕事って何だと思いますか?
伊藤
伊藤
よくキーワードとして使うのが、「1対n」と「1対1×n」です。
山田
山田
どういうことですか?
伊藤
伊藤
みんなと目標や情報を共有するのは「1対n」、つまり1対多数の関係。マネジャーとして、これは絶対に必要なコミュニケーション。でもここで終わっちゃダメ。
山田
山田
うんうん。
伊藤
伊藤
「1対1×n」。つまり、できるかぎり多くの人と、1対1で話すことです。

マネジメントの仕事として、この「1対1×n」が抜け落ちている会社が多いんですよね。

1on1をすれば、たとえば今までだったら直接しゃべらなかったような、別の拠点にいるデザイナーさんからも「伊藤さん、あれちょっと全然良くないよ」と、個人間での連絡がフラットに来るようになる。

だから1on1をしていれば、組織は目指さなくても結果的にフラットな形になっていくと思いますね。
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山田
山田
僕がサイボウズでやっている「ザツダン」と、かなり近い考えですね。僕はザツダンをすることで、組織の全体が把握できるようになったんです。

無駄な会議をするくらいなら、もっと積極的にザツダンをしたほうがいいと思うんです。

<後編へ続く>

副社長・山田理のマネジャー本、Amazon予約はこちらから。Facebookにて、書籍の制作過程を公開するコミュニティを運営しています。ご参加されたい方がいらっしゃれば、ぜひこちらから参加リクエストをしてください!
文:中森りほ/編集:松尾奈々絵(ノオト)/撮影:栃久保誠/企画:小原弓佳
志の大小はどうだっていい。人と比べずに、信じた道を進める人が強い──ヤフー伊藤羊一さん

「フラットな組織」は目指してなるのではなく、結果──部下と1on1をしたら、組織全体が見えてきた。ヤフー伊藤羊一×サイボウズ山田理

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『1分で話せ』 の著者で、ヤフー企業内大学・Yahoo!アカデミア学長の伊藤羊一さんと、11月にマネジャーに関する本を上梓する予定のサイボウズ副社長・山田理のマネジメントについての対談の後編です。

前編では、それぞれのリーダー観を中心に話を聞きました。後編では、過去に350人の部下と1on1を実施し、数多くの場でマネジメントを経験してきた伊藤さんと、山田の実体験から、マネジメントのヒントを探っていきます。

ふたりの話から浮かび上がってきたのは、「人は思った以上にコミュニケーションが取れていない」という課題。その解決には、1on1やザツダンにヒントがありました。

マネジャーの業務は、コントロールすることでも、支配することでも、チェックすることでもない

山田
山田
ヤフーさんは今、何人くらい社員さんがいるんですか?
伊藤
伊藤
正社員が約6,500人ですね。マネジャーが1,500人くらいかな。
山田
山田
6,500人! そんな大規模な組織で、マネジメントはどうしているんですか?
伊藤
伊藤
1on1が必要不可欠ですね。2012年に前社長の宮坂学が社長に就任したときに、宮坂と、現在常務執行役員コーポレートグループ長で、当時は人事氏の責任者だった本間浩輔が、1on1を始めたんです。それを6〜7年かけて会社の文化にしてきました。

今でも細かい課題はありますが、「マネジャーの業務は、コントロールすることでも、支配することでも、チェックすることでもない」という考えは、全社員に浸透しています
話す伊藤さん

伊藤羊一(いとう・よういち)。ヤフー株式会社 コーポレートエバンジェリスト・ヤフー企業内大学「Yahoo!アカデミア」学長。東京大学経済学部を卒業し、1990年日本興業銀行入行。企業金融、債券流動化、企業再生支援などに従事。2003年プラス株式会社に転じ、ジョインテックスカンパニーにてロジスティクス再編、事業再編・再生などを担当後、執行役員マーケティング本部長、ヴァイスプレジデントを歴任、経営と新規事業開発に携わる。2015年4月ヤフー株式会社に転じ、Yahoo!アカデミア本部長として、次世代リーダー育成を行う。著作『1分で話せ 世界のトップが絶賛した大事なことだけシンプルに伝える技術』は32万部を超えるベストセラーに

山田
山田
ヤフーさんの1on1の具体的なやり方を教えてもらえますか?
伊藤
伊藤
直属の上長が部下と、週1回をめどに30分かけて1on1しています。
山田
山田
それは本部長だったら部長に、部長だったら課長に、と。
伊藤
伊藤
そうです。中間管理職は、上の役職に自分の1on1をやってもらい、部下には自分がコーチとして1on1をする。社長は上のレイヤーがいないので、プロフェッショナルコーチに頼んでいます。
山田
山田
コーチング(*)の意味もあるんですか?

(*)アドバイスではなく、「問いかけて聞く」ことで、相手からさまざまな考え方や行動の選択肢を引き出すよう支援すること

伊藤
伊藤
はい。1週間取り組んだことを振り返り、来週までにどんな目標を立てて実行するのか、というような話をしています。
山田
山田
課題の設定までするんですね。
伊藤
伊藤
たとえば「このままいったら評価はBだよ」ということも伝えます。そうならないためには、どうしたらいいのかをふたりで一緒に考えます。
山田
山田
ふむふむ。ネガティブな空気になってしまったときはどうするんですか?
伊藤
伊藤
評価の話の場合は、途中のフィードバックがなく、突然「あなたの評価はCです」と言われたら、受け取る側はネガティブな気分になります。

一方、定期的に1on1をして現状を話し合っていれば、評価を聞いたときに納得できるんですよね。
山田
山田
こまめにフィードバックして、現状を共有していくことが大事なんですね。
伊藤
伊藤
あと月1、2回はキャリアの相談もしています。部下のキャリアを応援することもマネジャーの仕事だと思うので。

「こういうキャリアに進みたいならこの勉強したほうがいいよ」とか「こういう人に話を聞くといいよ」とか。
山田
山田
なるほど。

一人ひとりの話を聞いてみたら、組織全体が見えてきた

山田
山田
僕が「ザツダン」を取り入れるようになったのは、ちょうど自分のマネジメントの方法を考え直したときのことです。「まずは業績よりも社員のことを考えて働き方を変えていこう」と。

成果主義で評価する一方、業績も頭打ちになって離職率が28%になったときでした。
話す山田

山田理(やまだ・おさむ)。サイボウズ 取締役副社長 兼 サイボウズUSA(kintone Corporation)社長。1992年日本興業銀行入行。2000年にサイボウズへ転職し、責任者として財務、人事および法務部門を担当し、同社の人事制度・教育研修制度の構築を手がける。2014年からグローバルへの事業拡大を企図し、米国現地法人立ち上げのためサンフランシスコに赴任し、現在に至る

山田
山田
当時自分の部下は70人。1人30分ずつ、1か月かけて全員とザツダンしました。

すると社員から「どうしてこんな制度があるんですか」というような、今まで聞かれなかった質問がポロポロ出てきたりして。

質問に答えながら、その内容をブログにまとめて、社内に周知していきました。
伊藤
伊藤
うんうん。
山田
山田
ザツダンをすることで、組織の全体が把握できるようになったんです。
伊藤
伊藤
それはどうしてですか?
山田
山田
たくさんの人をマネジメントしていると、「みんなが言っている」とか「うちの部署はこう言っている」とか、主語が大きく聞こえてしまいがちなんです。

その言葉だけを聞くと、手が付けられない、大変なことが起こっているんじゃないかって思うじゃないですか。

でも、一人ひとりとザツダンして「それは具体的に誰が言っているの?」と聞くと、少しずつ状況がわかってきて。

全員と話すことで、全体像が見えるようになったんです。

フラットな関係だけを目的にせず、まずはザツダンや1on1の環境をつくること

伊藤
伊藤
みんなとザツダンすることで、組織が全部見えたっていうのは、実は僕もそう。

僕が前職のプラス株式会社でカンパニーのヴァイスプレジデント、No.2になったときにひとまず部下350人と1on1しようと決めて実行しました。

人事部や周りからは「部下から要望を言われて実現できなかったらどうするんですか?」と言われて大反対されたんです。

でも「ひとまず聞いてみないとわかんないな」とスタートしたので、おそらく山田さんとスタンスは同じなんですよね。
山田
山田
全員と話したんですか? 350人はすごいですね。
伊藤
伊藤
2年かかりましたよ。これが僕にとっては衝撃体験でした。組織が全部見えた感覚がありましたね。

事務一筋20年という方にとある営業所まで会いに行ったんです。会うなり「ライン長クラスの立場の人が会ってくれるなんて、思いもしませんでした」と涙が止まらない様子で。

その後見せられたノートには「こうしたら会社がよくなる」ってことがびっしり書かれていて。僕もウワーって泣いちゃいましたよ。
手を広げて山田に向かって話す伊藤さん
山田
山田
それは衝撃ですね。
伊藤
伊藤
マネジャーは上からではなく、フラットな目線で組織を見ることが大事なんだと知りました。
山田
山田
上から組織を見ているときって、持っている情報に格差がある状態ですよね。だからこそ昔は、情報を持っている人が権限を持っていたし、壁があった。

ザツダンすると、自分が持っている情報についてメンバーに聞かれたら答える。だから情報がオープンになって、自然とフラットになっていくんです。

そのことと、いい組織になることはリンクしている
と思うんですよね。
伊藤
伊藤
ティール組織が話題になっているし、組織はフラットであるべき、と最近よく言われるけど、フラットを目指してフラットになるのではなく、ザツダンや1on1の環境をつくることが大事なんでしょうね。

だからフラットな状態は、結果なんだと思います。

無理やり心を開かせなくてもいい。まずはコミュニケーションのルートを開通させよう

山田
山田
伊藤さんの『1分で話せ 世界のトップが絶賛した大事なことだけシンプルに伝える技術』を読んで思いましたが、伊藤さんは人を惹きつけるのが上手ですよね。

僕はなかなかそういうことができなくて、最終的に人との距離の取り方を改めるようになりました。気が合う人とは、盛り上がって話せばいい。

一方、僕に対して心を開かない人に対しては、無理やり心を開かせようとせず、そのままの距離感で付き合えばいいのかなと思っているんです。
伊藤さんと山田
伊藤
伊藤
今、山田さんの話を聞いていて、それぞれの人との距離感は大切にした上で、コミュニケーションを取れるルートだけはつくっておくことが大事なんだなと思いました。
山田
山田
まさにそうですね、僕はザツダンした後に、個別のメッセージでメモを全員に送るようにしていました。次のザツダンでそのメモを見ながら、相手と話すことができるので。

それを繰り返していくと、個別のメッセージが相談しやすいルートにもなる。

話が盛り上がらない、距離が縮まらない人もいるけど、全員とルートは開通していることが大事で。ルートを使うか使わないかは本人の自由ですしね。

人って思った以上にコミュニケーションが取れていない

伊藤
伊藤
距離がある人とは下手したら同じ部署でも、1週間も2週間も何も話さないことがある。そばにいても、人って思った以上にコミュニケーションが取れていないですよね。

それをそのまま放置せずに、ポジティブなことでもネガティブなことでも、伝えることで相手を認める。承認するだけでも、距離って縮まってくるのかなって思うんですよね。
山田
山田
うん、うん。
伊藤
伊藤
僕がよくやっているのが「MBWA」。いわゆるManagement By Walking Around。

社内をプラプラ歩きながら話すんです。フロアを歩きながら「いいペン買ったね」「そのお菓子おいしそうだねー。いいなー」とか。
山田
山田
ははは。
伊藤
伊藤
そうしていると、おやつの時間になると「はい、伊藤さんお菓子どうぞ」って渡してくれて、段々と「ちょっと聞いてくださいよ」「なになに?」みたいなコミュニケーションが生まれたりする。

1on1はオフィシャルな仕組み。一方、MBWAはアンオフィシャルなことが聞けるんです。
山田
山田
なるほど。伊藤さんは1on1で全員の顔が見えるようになったことで、何か変わったことはありましたか?
伊藤
伊藤
「この人が働きやすいために、こういう制度をつくろう」と、特定の誰かを考えて行動をするようになりましたね。

顔が見えていないと、頭でっかちな施策しか考えられないじゃないですか。
山田
山田
そうなんですよね。ザツダンをすることで、無意識のうちに意思決定の質も上がっているように思います。
話す山田
山田
山田
マネジャーやリーダーって、最後に意思決定しなきゃいけない。僕のマネジャーとしての強みは、社内の誰が何をできるか知っていることくらい。でもそのお陰で意思決定の精度も上がった。

「50人と雑談する時間なんてないでしょ」ってよく言われますが、生産性がないミーティングをやるくらいならザツダンをしたほうがいいですよ。
伊藤
伊藤
そうそう。メンバーと関係性をつくることこそ、マネジャーとして、優先順位が高い仕事なんじゃないかな。
山田
山田
ザツダンをしていたら、ミーティングを短くできるし、下手したらなくせますからね。

マネジャーはオーガナイザー。一人ひとりリスペクトして対応すること

山田
山田
前編で伊藤さんは、マネジャーは自分を導きながら、自信を持ってチームをリードしていく必要があるとお話しされていましたが、僕は「想いを熱く語る」ということがリードということかなと思っていて。

「このチームでこのゴールを目指すために、どんな方法があると思う?」と聞きつつ、「その代わり意思決定は僕がさせてもらうからね」と伝えて。

マネジャーも今までの上から下への命令型のようなマネジメントから、組織を編成して盛り上げる、オーガナイザーのようなあり方に変わっていくのではないかと思うんですよね。
話す山田と聞く伊藤さん
伊藤
伊藤
オーガナイザーっていうのは、確かにおっしゃる通りですよね。

結局チームのゴールは1つだけど、その役割をどう果たすかは、コンディションやモチベーションによって変わるので、人それぞれ。

大事なのは一人ひとりの状況を認識しておくこと。それでアサインも違ってきますよね。
山田
山田
うんうん。
伊藤
伊藤
世の中のマネジャーに圧倒的に欠けているのは、チームの力を最大化すること。チームの力を最大化する方法は2つあると思っていて。

ひとつは、安心安全で行きたくなるような職場環境にすること。もうひとつは、個人のパフォーマンスを最大化すること
山田
山田
人それぞれに合わせて最大化するイメージですね。マネジャーの仕事は、一人ひとりをリスペクトしながら対応することが肝だと思います。
マネジャーの仕事について語る山田
伊藤
伊藤
そうですね。

1on1をすることで、その人のことが理解できて適材適所な配属ができるかもしれないし、できることを増やせるかもしれない。
山田
山田
マズローの段階欲求でいうと、まず生存欲求があって、安全欲求、所属欲求、承認欲求と続き、最後に自己実現がある。

でも所属や承認の欲求をすっ飛ばして、自己実現、成長、目標を考えている職場やマネジメントが多い気がするんです。

「所属している」という欲求でさえ十分満たされていない人は、意外と今の世の中で多いのではないかと思っていて。
伊藤
伊藤
うん、そうですね。
山田
山田
だから「君はここにいていいんだ。やってほしい役割があるよ」「やってくれてありがとう。君がいてくれて本当によかったよ」って所属意識と承認欲求を満たすことも大切ですよね。

それがその人の自信になり、自己実現に向かってくと思うんです。
伊藤
伊藤
自己実現の前に、居場所と役割をしっかり与えて、進捗を認めてあげる、と。
山田
山田
そういうことをザツダンとか1on1とかで、伝えていく。

リアルに感じてもらうためにはリアルで話したほうがいいから。
向かい合って話す伊藤さんと山田
副社長・山田理のマネジャー本、Amazon予約はこちらから。Facebookにて、書籍の制作過程を公開するコミュニティを運営しています。ご参加されたい方がいらっしゃれば、ぜひこちらから参加リクエストをしてください!
文:中森りほ/編集:松尾奈々絵(ノオト)/撮影:栃久保誠/企画:小原弓佳
マネジャーに強い想いがあるから、「しょうがないな」とみんながついてきてくれる──まずは自分が熱狂しないと始まらない。ヤフー伊藤羊一×サイボウズ山田理
志の大小はどうだっていい。人と比べずに、信じた道を進める人が強い──ヤフー伊藤羊一さん

家族をチームとして考えたら、「男はずっと働いて出世すべき」という常識がなくなった

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「男性の育児休業取得」が話題となっています。政府は2020年までに男性の育休取得率を13%に引き上げる(2018年度は6.1%)目標を掲げ、男性の育休取得を義務化するべきでは? といった議論も始まりました。「自分も育休を取りたい!」と考えている男性も少なくないはず。

とはいえ、多くの企業ではまだ「男性の育休取得はめずらしい」のが現状です。子どもと一緒に過ごすかけがえのない時間に、夫婦でじっくり向き合う。そんなあたりまえのことができないのはどうしてなのか──。認定NPO法人フローレンスで働きながら「サイボウズ式第2編集部」でも活動する中村慎一さんは、この問題に真正面から取り組んできました。

共働き子育て世帯の人たちにも、もうすぐママ・パパになる人たちにも、もっと育休を身近に感じてほしい。そんな思いで、今回は同じ企業で働きながらダブル育休を取得したイミ―さん、ムラキさんご夫妻にお話をうかがいました。

普段の家事に加えて、育児に保活、予防接種……ワンオペって無理じゃない?

中村
中村
イミ―さんは、どのような形で育休を取ったんですか?
イミー
イミー
子どもが生まれた後にまず1か月だけ取りました。その後は一度仕事に戻り、生後10か月くらいで再び取得しました。
中村
中村
ダブル育休だけでもめずらしいのに、2回も取得されているんですね。
仲が良さそうなイミーさんとムラキさんご夫婦

イミーさんとムラキさん(写真左から)。同じ企業で働きながらダブル育休を取得。その経験をもとに育休手当を自動計算してくれるツール「育休シミュレーター」を開発し、新しい休み方を考えるウェブメディア「YASUMO」 を運営している

中村
中村
実際に育休を取ってみて、どんな気づきがありましたか?
イミー
イミー
「これ、1人では無理じゃない?」と感じています。普段の家事や育児もそうだし、保活とか予防接種とかいろいろあるし……。

子どもが生まれると家庭内のタスクが一気に増えるじゃないですか。
ムラキ
ムラキ
うん、ワンオペで全部対応するのはきつい。
イミー
イミー
同じ会社で、もともと共働きだったのに、妻は仕事と向き合える時間がまったくない状況になっていきました。

2人ともキャリアを積もうとしていたのに、片方だけそれが中断しちゃうのは変だな、とも思いましたね。

※ムラキさんの手による、育児に関する世論を可視化する試み。綱渡りのスケジュールが浮かび上がり、多くの共感が集まった
ムラキ
ムラキ
新しいことを勉強したいと思っても、どうしても子ども優先になっちゃいますから。「フェアじゃないよね」という思いはありました。

「2人とも育休をとるものだ」と思っていた妻、「男は仕事しなきゃ」と思っていた夫

ムラキ
ムラキ
そもそも私は「男性が育休をとるのはあたりまえ」だと思っていたんです。だから夫に「育休、いつとるの?」と聞いて。
イミー
イミー
最初は「えっ?」ってなってたよね(笑)。
ムラキ
ムラキ
私はもう普通に、2人とも休むものだと思っていました。
イミー
イミー
僕は「とはいえ仕事あるしなぁ……」と悩んでいたんです。
中村
中村
最初は、ごくごく一般的な男性の反応だったと。
イミー
イミー
はい。妻に言われて、はっとしたんですよね。
ムラキ
ムラキ
私の大学の先輩で、男性で育休を取っている人がいたんですよ。その人は記事を書いて育休のことを発信していて、そうした「参考資料」を夫に見てもらったりしてました。
イミー
イミー
それからいろいろなサイトや記事を見て勉強し始めましたね。

それまでは「男は仕事しなきゃ」と思っていたんですが、「せっかく子どもが生まれるのに、そこに向き合わないのはもったいない」と思うようになりました。

というのも、僕は仕事で子ども向けアプリを担当しているんです。「俺が育休を取らずしてどうするんだ」と。
明るい表情で話すイミーさん

イミーさん(@13imi)。大手通信キャリアでキッズアプリを担当するプロダクトマネージャー。子どもの誕生を機に2回に分けて育休を取得した

「俺は昇進は大丈夫っす、休みます!」

中村
中村
最近では、男性の育休取得への対応で大手企業が炎上する事件もありました。どうして男性は、こんなにも育休を取りづらいんでしょうか。
イミー
イミー
そもそも、男性は仕事にフルで時間を使うことがあたりまえになっていて、「そこから逸脱しちゃダメ」みたいな空気があると思います。
ムラキ
ムラキ
家のことは誰かに任せて、仕事にフルコミットする人が評価される。そんな世界が、会社のなかで生まれてしまっているんですよね。
笑顔で話すムラキさん

ムラキさん(@u_vf3)。夫であるイミーさんとともに働き、ダブル育休取得を経験。副業でイラストレーター&グラフィックデザイナーとしても活動している

中村
中村
イミーさんが育休をとる際、同僚や上司からはどんな反応がありましたか?
イミー
イミー
育休を取ったあとの出世などキャリアを心配する声がありました。
中村
中村
やっぱりそうですよね。育休をとると出世のコースから外れてしまうみたいな話をよく聞きます。
イミー
イミー
基本的には男性も育休を取りやすい制度が整っている会社で、上司も理解があり、「どうぞどうぞ」という感じなんですが……。

なんというか、「育休がキャリアに影響するかも」というのは、親切心からそうした「社内の空気」があることを教えてくれている感じなんですよね。
真剣かつ柔らかい表情で話すイミーさん
ムラキ
ムラキ
たしかに、パタハラ(パタニティ・ハラスメント)やマタハラ(マタニティ・ハラスメント)と取られるような発言のなかには、悪意はなく、心からのアドバイスとして言ってくれているケースもあるんでしょうね。
中村
中村
あぁ、わかります。

そういえば僕も育休をとるときに「半年間もいないと席がなくなってしまうかも」と、悪意ではなく、事実として教えてくれた人がいました。

でもそれって、大元では誰が発信源になっているんでしょう?
真剣な眼差しで積極的に話すなかむらさん

中村 慎一(なかむら・しんいち)さん。認定NPO法人フローレンス 事業部マネージャ。3人の子を持つ父。以前に勤務していたIT企業では、男性として初の半年間の育休を取得。その体験をもとに著作や講演を通じて男性の育児参加を啓発している。「中村一(なかむら・はじめ)」名義で小説家としても活動し、新刊『探偵先輩と僕の不完全な事件簿 』(MW文庫)が発売中

イミー
イミー
うーん……。「誰が」というよりも、「会社全体の雰囲気がそうなっている」としか言えないのかも。

上の世代の人たちには「休まない人、転勤なども受けいれる人が出世コースに乗る」みたいな価値観がリアルに残っているとは感じますが。
ムラキ
ムラキ
私も会社の上の世代の人たちを尊敬していて、素晴らしい人たちだと思っているんですが、そうした価値観の部分だけは隔たりを感じます

そんな文化を受け継いで、みんなで悪気なく会社全体の雰囲気をつくっているのかもしれません。
中村
中村
会社を辞めようとは考えなかったんですか?
イミー
イミー
考えませんでした。制度はとても充実しているし、使わせてもらうメリットがある。逆に辞めることのメリットはないので。

「俺は昇進は大丈夫っす、休みます!」みたいな感じですね(笑)。

「お金」と「子どもと過ごす時間」。ちゃんと天秤にかけて考えることも大事

中村
中村
お2人がつくった「育休シミュレーター」や「YASUMO」を見て、「自分も育休をとる前に知っておきたかった……!」と思いました。

育休をとると月々の収入はどうなるのか、子どもとの時間をどれくらい確保できるのか。こうしたことって、ぼんやりとしかわからないですよね。
育休シミュレーターのサイトの画像

育休シミュレーター。育休手当や期間の自動計算ツール

イミー
イミー
まさに、僕が最初に育休を取ろうと思ったときがそうだったんです。「なにこれ? 意味わからないんだけど」ということばかりで。
ムラキ
ムラキ
参考にできるのは厚生労働省のサイトくらいしかないんですけど、そこにもごちゃごちゃしたPDFが上がっているだけで、正直わかりにくいんですよね。
厚労省の男性育休に関する情報が記載されているwebページ

厚生労働省のサイト。各資料へのリンクが羅列されている

イミー
イミー
それで、同じように悩む人が少しでも楽になればと思って、体験談の形で記事をアップし始めました。

そのうち「ブログの記事を一生懸命読んで勉強してもらうのも、なんだかおかしな話だな」と思うようになったんです。

せめて、いちばん心配なお金の面だけでも誰かがさくっと教えてくれればいいのにと。で、プログラムはちょっと書けるので、育休シミュレーターをつくりました。
ムラキ
ムラキ
いろいろ悩みながら、だったよね。

人って、「お金が減ること」をよりリアルに感じてしまうもの。だからこそ「育休をとる・とらない」を考えるときには、「お金」と「子どもと過ごす時間」を天秤にかけなきゃいけないことに気付きました。
中村
中村
なるほど。人のバイアス(思考のかたより)は「減るもの」にかかっちゃうということですね。
取材の様子。ベビーカーや息子さんおもちゃが置いてあり和やかな雰囲気
イミー
イミー
だから、ちょっと打算的に考えてみることも必要だと思いました。
ムラキ
ムラキ
「何万円払えば子どもと何時間過ごせる」みたいな話を2人でよくしていたよね。

「家族というチーム」でやりたいこと、やりたくないことを考える

明るい表情で、息子さんの救急車を持ちながら語るムラキさん
中村
中村
男性の育児参加って、どうすればもっと自然になると思いますか?

企業のなかでは育休をとる男性はまだまだマイナーな存在ですが、これがあたりまえになるにはどうすればいいんだろう? と考えていまして。
ムラキ
ムラキ
まずは働き方を変える必要があると思います。今は、自分で勤務地や勤務時間を選べないのが普通という状況ですよね。

これでは家族というよりも、会社に一蓮托生で寄り添っているような感じがします。
中村
中村
子どもが生まれたら、「男は今まで以上に必死に仕事を頑張って稼がなきゃいけない」といったこともいまだに言われますよね。
ムラキ
ムラキ
私の場合は営業職で比較的移動が多い部署でした。 同僚もほとんどは男性で、子どもができたという話は聞くものの、働き方が変わることはありませんでした。

妊娠するまでは疑問を持っていませんでしたが、いざ自分がなってみると変化せざるを得ないんですよね。「子どもを産むこと」はどうしても女性にしかできないので。

一方、男性は身体的には変化しないので、パートナーに寄り添うためには、意識的に「変わること」を考える必要があるのではないかと。
イミー
イミー
僕自身、もともとは「男はずっと働いて会社で出世するべき」という考え方でした。

でも、妻も同じような年収帯で働いているんだから、もっと柔軟に考えたほうがいいと思うようになりました。

家族って、つまり「チーム」じゃないですか。そのチーム全体でどれくらいお金を稼ぐかを考えればいいんだと。

妻も働いているから無理に1人で「大黒柱」だと背負わなくても「二本柱」でもいいと思います。
しっかりした趣で話すイミーさん
中村
中村
「家族をチームとして考える」って、とても大切なことですよね。そこから展望とか理念のようなものも生まれてくるでしょうし。
ムラキ
ムラキ
そうですね。これまではあまり逆算的な考え方ができていなかったですね。
イミー
イミー
育休シミュレーターをつくっておきながら言うのもおかしいんですが、僕たちもお金の計算が苦手なんです(笑)。

そうしたことを真正面から考えながら、子どもと過ごす時間は絶対に大切にし続けたいですね。先々には「小1の壁」もあるので。
ムラキ
ムラキ
うちでは最近、「別に東京で暮らすことにこだわらなくてもいいよね」とか、「満員電車には乗りたくないね」といった形で、やりたいこと、やりたくないことをどんどん出し合っています。
イミー
イミー
それこそ家族理念みたいなものだよね。
ムラキ
ムラキ
うん。「やりたくないことはやらない」が理念でもいいかも(笑)。
真剣に育休について話す後ろで、息子さんが元気で走っている

家族はフェアな関係で「めっちゃ議論しなきゃいけないチーム」

中村
中村
家族をチームとして考えたときに、夫婦どちらかの年収が圧倒的に上のような場合は、価値観をすり合わせるのが大変なんじゃないかという気もします。
ムラキ
ムラキ
それこそ、徹底的に話し合ったほうがいいと思います。

今はバリバリ働いて稼いでいる旦那さんも「来年からはもう働きたくない」と思っているかもしれないし、都心に住む女性は「郊外の古い家でもいいから一緒に過ごす時間を増やしたい」と思っているかもしれないし。
イミー
イミー
家族はフェアな関係で「めっちゃ議論しなきゃいけないチーム」なんだと思います。

うちの場合は、どちらかというと妻のほうがロジカルでアウトプットも強いので、結婚当初の僕は議論から逃げていたんです。
中村
中村
そうなんですか? 意外です。
イミー
イミー
「これじゃいけないな」と思って、ちゃんと自分の考えをまとめて話すようにしてから、うまくいくようになりました(笑)。

そこは心が折れそうになっても頑張らないといけないですね。
ムラキ
ムラキ
うちでケンカになるのは、夫が「モヤモヤしているのに言わない」ときなんです。チームだからこそ、モヤモヤしているときはすぐに言うべき。

モヤモヤを吐き出しやすいように、家のなかで課題解決型ワークシートを使って話し合ったこともあったよね(笑)。
※実際に使われている課題解決型ワークシート。不安を言葉に書き出し分析することで、解決策を見つけられる
中村
中村
家族という意味では、ダブル育休について、親や親戚からネガティブな反応はありませんでしたか?
イミー
イミー
今のところは特に感じませんが、もしあったとしても、自分たちが家族としてやりたいことを貫くと思います。その場合は、親族とも議論が必要ですね。

働き方の常識が変わったのと同じで、家族のあり方もゼロベースで考えなきゃいけないと思うので。
ムラキ
ムラキ
親や親戚も、「彼らが思い描いている幸せのありかた」みたいなものを、悪意なくアドバイスしてしまうことがあるかもしれません。

会社や上司と同じように、「私たちの幸せはここだ」と主張することが大切なんだと思います。
ムラキさんがイミーさんに笑顔で話しかけている
執筆:多田 慎介 撮影:尾木 司 企画・編集:中村 慎一/高橋 団/津川 朋子  

「子どものため」ならなんでも先生の仕事なの? 学校現場がいそがしすぎる理由を聞いてみた ──教育研究家・妹尾昌俊×サイボウズ青野慶久

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ここ最近、「先生がいそがしすぎる問題」が大きく取り上げられるようになりました。

定時よりずっと早くに出勤したり、保護者からのクレーム対応に追われて深夜まで働いたり、土日休みも返上して部活動に力を入れたり……。

企業ではさまざまな形で働き方改革が進む一方、学校は今、日本でも特にハードな職場となりつつあります。未来の大人を育てる学校が、働く人を大切にしない場所のままでいいのでしょうか。

先生に無理をさせないためにできることとは──? 教育研究家の妹尾昌俊さんと、サイボウズ社長の青野慶久が語り合いました。

学校をいそがしくさせる合言葉は「前からやっていることだから」と「子どものためになるから」

青野
青野
学校の先生たちって、本当においそがしいですよね。

先日子どもの小学校に行ったときも、クラスのあちこちで騒いでいる子どもたちを先生ひとりで必死になだめているのを見て、「なんて大変なんだ……」と思いました。
妹尾
妹尾
おっしゃるとおり、先生たちは国内でもダントツの長時間勤務です。休憩時間も十分に取れず、「教師の職業病は膀胱(ぼうこう)炎だ」とさえ言われているんです。
青野
青野
膀胱炎が職業病!

大変だと知っていましたが、そこまで深刻だったとは。どうしてそんなにいそがしくなってしまうのでしょうか?
妹尾
妹尾
先生をいそがしくさせる合言葉に「前からやっていることだから」と「子どものためになるから」というキーワードがあると思っています。

妹尾昌俊(せのお・まさとし)さん。教育研究家。野村総合研究所を経て2016年からフリーとなり、学校業務改善アドバイザー(文科省、横浜市ほか多数)、中央教育審議会委員などを歴任。教育委員会や学校向けの研修・講演などで全国を飛び回る。著書に『「先生が忙しすぎる」をあきらめない―半径3mからの本気の学校改善』、『『こうすれば、学校は変わる! 「忙しいのは当たり前」への挑戦』』(教育開発研究所)、『先生がつぶれる学校、先生がいきる学校―働き方改革とモチベーション・マネジメント』(学事出版)など。

妹尾
妹尾
たとえば、夏休み中のプール指導や、土日の部活の練習など、みなさんにも馴染みのある学校の風景ってありますよね。
 
実はどちらも学習指導要領などで「絶対にやりなさい」とは言われていません。学校ごとにプラスアルファとして拡大してきたサービスなんです。
青野
青野
冷静に考えると、学校はものすごく過剰なサービスをしていますね。
妹尾
妹尾
そうなんです。本来なら学校の判断でいつやめてもいいはずですが、今も多くの学校でこのような運営が続いています。
青野
青野
どうしてでしょう?

青野慶久(あおの・よしひさ)。1971年生まれ。大阪大学工学部情報システム工学科卒業後、松下電工(現パナソニック)を経て、1997年8月に愛媛県松山市でサイボウズを設立した。2005年4月には代表取締役社長に就任(現任)。社内のワークスタイル変革を行い、2011年からは事業のクラウド化を推進。著書に『チームのことだけ、考えた』(ダイヤモンド社)、『会社というモンスターが、僕たちを不幸にしているのかもしれない』(PHP研究所)など。

妹尾
妹尾
理由はさまざまですが、「前例や伝統のある活動には、なにかしらの教育効果がある」という考え方が背景にあるように思います。
青野
青野
というと?
妹尾
妹尾
先ほどのプール指導や部活動のように、「子どものためになるから」と新たな活動がつくられては次々に蓄積されます。なので、学校の「やるべきこと」は増大する一方です。

そのなかで「学校の負担が重すぎるからおかしい」と気づいても「クレームがきたら余計に仕事が増えてしまう」「自分たちの判断ではやめがたい」と、先生たちの献身性でやり続けてしまうことが多いようです。

妹尾昌俊提供資料。他業界と比較しても、トップクラスの忙しさ……。

青野
青野
よかれと思ってやっていることが、結果的に先生たちの首をしめてしまっているわけですね。

学校の「前例」や「伝統」には世代を超えた根強いファンがいる

妹尾
妹尾
そして、前例や伝統を好んでいるのはけっして学校だけではないと思うんです。

もし仮に、夏休み中のプール指導や部活動がなくなったとして、保護者等のぼくたちはその現実をそのまま受け入れられるでしょうか?

保護者のなかには「子どもに自分の頃と同じ豊かな経験をさせてほしい」「上の子のときは、もっといろいろやらせてくれたのに」などと、モヤモヤしてしまう人もいると思います。
青野
青野
たしかに……。
妹尾
妹尾
こうした学校文化は、いつやめてもいいサービスである一方、世代を超えた根強いファンがいます。だから学校側は思い切った変革を起こしにくいというのが現状なんです。
向かい合って話す二人
青野
青野
なるほど……。私はサイボウズでも、他の会社にも「働き方を見直したいなら、まずはビジネスモデルを見直すべき」と言ってきました。でも学校の場合はそう簡単にはいかないわけですね。
妹尾
妹尾
そうなんです。学校の働き方の当事者である先生たちも、どんなにいそがしくても教育効果を優先し、これまで通り業務を遂行してしまうようです。

こうして学校の「やるべきこと」が徐々に膨れ上がっていった結果が、「先生がいそがしすぎる問題」につながったのではないかと考えています。
青野
青野
たしかに、先生の「やるべきこと」は昔に比べてより多く、かつ複雑になっている印象があります。

長男が小学校に入学したとき、「おはじきにも一つずつ記名してください」と言われました。名前を書く親も大変ですが、チェックする先生も大変です。ぼくの頃なんて、持ち物はなくし放題だったのに(笑)。
喋る青野さん
妹尾
妹尾
青野さんがおっしゃるように、「昔はもっとおおらかだった」という声も多いです。「学校は勉強を教えてくれればいい」、そんなのんびりとした雰囲気があったと。

しかし今では、勉強に直接的には関係のない生活態度や人間関係のもめごとについても、先生が責められることが多くなっています。先生が本来やるべき「授業や授業準備」以上のことが求められているのは疑問です。
青野
青野
それこそ仕事内容が明確に定義されてないですから、何をどこまでやるべきか、正解がわからないですよね。
妹尾
妹尾
はい。だからこそ、先ほど青野さんがおっしゃったような「おはじき全部に名前書くって、そこまでやらなくてもいいんじゃない?」「先生頑張りすぎじゃないの?」という違和感や気づきは、とても大切なんです。

ちょっとした違和感や気づいたことを学校や先生に伝えて、頑張りすぎている活動にはブレーキをかけることが必要だと思います。
青野
青野
「周りがブレーキをかける」、これなら私にもできるかもしれません。

学校の働き方改革の「ラスボス」は校長先生?

妹尾
妹尾
周囲からの声がけも、先生の働き方を変える一歩だと思いますが、ぼくは「学校の働き方改革のラスボスは校長先生だ」と考えています。
話す妹尾さん
青野
青野
最近では、独自に学校改革に取り組んでいる校長先生もいらっしゃいますよね。従来の教育のあり方を見直して変えていく自由は、すべての学校にあるんですか?
妹尾
妹尾
学校が指導すべき教育の内容について、大枠を決めているのは文部科学省です。ですが、その内容を実行する上での工夫については、実は細かくは法令や学習指導要領などでは規定されていません。

なので、校長先生のもつ大きな裁量を生かせば、学校は今よりずっと多様なあり方を追求でき、先生の働き方も十分に改善できるはずなんです。
青野
青野
そうなんですね。

でも、実際に改革を進めている校長先生は少ないんじゃないでしょうか? 注目されている人もごく一部というか。校長先生のみなさんは、持っている権限をどうして使わないのでしょう?
話す青野さん
妹尾
妹尾
そこについては、さまざまな人がいるので一概には言えませんが、問題に気づいていないのか、あるいは気づかないふりをしているのか……。もしかしたら「どうせあと数年で異動だから」と見て見ぬふりをしている人もいるかもしれません。
青野
青野
そうですか。でも、子どもたちにとっての「数年」って人生においてとても大切な時間ですよね。
妹尾
妹尾
はい。子どもたちは学校で、もう二度と巡ってこない大切な時間を過ごしていますから、そこに先生の任期は関係ありません。

ぼくは校長研修などではよくこう言うんです。「小6や中3、高3生に、“残りあと数カ月の学校生活だから、テキトーにやっとけばいいよ”なんて言う先生はいませんよね? 校長の任期もあと数カ月だったとしても、充実したものにできるはずです」って。
青野
青野
なるほど。
妹尾
妹尾
真に重要なところに時間と人手を割けるよう、先生たちの働き方をどう見直していくのか。ぼくたちはそのことを今、本気で考えなければいけません。

「先生が犠牲になればいい」という時代は、そろそろおしまいにしたい

青野
青野
どうにか力になりたいです。でも、一体どこから手をつけたらいいのか……。

こういう仕事柄、やはりITの力をどんどん使っていただきたいですよ。授業にしても、今ならタブレット端末などを使って効率を上げていけるし、子どもたちはそれぞれの進度で学べるわけですから。
妹尾
妹尾
青野さんのような方からしたら「どうしてこんな非効率的なやり方をしているんだ?」と思うことがたくさんありますよね。学校現場でも、IT活用は目下の課題です。

しかし、問題はもっと根深いところにあるような気がしています。
話す妹尾さん
青野
青野
というと?
妹尾
妹尾
「とにかく時間をかけて先生が頑張ればいい」「先生が犠牲になればいい」という発想そのものが変わらなければ、どんなに便利なツールがあったとしても、大きな変化は起きないと感じています。
青野
青野
これは学校に限ったことではないかもしれませんが、どうも日本社会には「犠牲の美学」みたいなものがありますよね。映画などでも、自分の命を犠牲にしてみんなを守るヒーローに感動する、みたいな。

けど、いやちょっと待てと。自分の命を大切にしながら誰かを守るほうが、はるかにすごいんじゃないか? と思います。

先生たちにも自分自身をあまり犠牲にせず、幸せに働いてほしい。そのためにも「犠牲の美学はもう捨てませんか?」と言いたいですね。
顎に手を添える青野さん
妹尾
妹尾
そうした意味では、先生が「スーパーマン」「スーパーウーマン」として見られがちな側面も影響しているかもしれません。

最近では、英語教育やプログラミング教育に力を入れようという流れになっていますが、かと言って何かが減るわけでもない。「先生が教えるべきこと」が、どんどん増えていくわけですから。
青野
青野
そうですね。
妹尾
妹尾
しかし、先生はなんでもできる「スーパーな人」ではなく、ひとりの人間であるということを忘れてはいけません。先生たちが安心して犠牲の美学を捨てられるように、「前からやっていることだから」とか「子どものためだから」といった考え方だけに縛られないよう、ぼくたちも気をつけなければいけませんね。

それは本当に「先生がやるべき仕事」なのか?

青野
青野
サイボウズとしてお手伝いできることってあるのでしょうか?
妹尾
妹尾
「情報共有」は学校の働き方改革において重要なキーワードです。それは、先生と保護者でも、先生と子どもでも、先生同士でも。その分野のノウハウをお借りできれば、すごく現場は助かると思います。
青野
青野
それは得意な分野です。
話す二人
妹尾
妹尾
先生同士の情報共有という視点なら、たとえば「授業での、こんな投げかけや話し合いがよかったよ」といったつぶやきやノウハウが全国の先生で共有できるといいですよね。一定の負担軽減にもなるし、何より授業の質向上にもつながると思っています。
青野
青野
それはいいですね。
妹尾
妹尾
また、学校は保護者とのコミュニケーションの場がかなり少ないです。保護者のなかには入学式や卒業式、運動会くらいしか学校に来る機会がないという方もいます。

よくある「学校からのお便り」などは一方通行的ですし、かと言って、先生と保護者がSNSでつながると、お互い負担になりかねません。ちょうどいいあんばいでの情報共有ツールや意見交換する場がとても少ないように思います。
青野
青野
日常のコミュニケーションが足りないことで発生するトラブルもありそうですね。
妹尾
妹尾
まさに。コミュニケーションの量と質がよくなれば、そもそも生じないクレームもきっとたくさんあるでしょう。

こんなふうに、学校の文化に染まっていない方々の視点から「学校はここをもっと効率化できるよ!」「こうすれば、もっとチームワークよくなると思うよ」ということがあれば、これからも提案していただきたいと思っています。
青野
青野
どんどん声をあげていったらいいわけですね?
妹尾
妹尾
はい。学校の働き方改革において、先生たちの動機づけはなにより大切です。しかし、周囲からの応援なしには、多忙な日々の中でその気持ちを持続させることはとても難しい。

学校の外側にいるぼくたちが「学校に最低限やってほしいことは何だろう?」「保護者や企業はこんな関わりができるんじゃないか」といったことを積極的に考えることが、結果的に先生と子どもたちの学びを守り、高めることにつながると信じています。
文:多田慎介/撮影:橋本直己/企画編集:佐藤萌音

否定的な意見が多かった「地方で複業」。だが、潮目は変わった

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人口減少や東京一極集中により、いま、地方は衰退の一途をたどっている。

総務省が2019年7月10日に発表した、住民基本台帳に基づく人口、人口動態および世帯数の調査によれば、日本の人口が1年間で43万人減少したそうだ。

日本でもっとも人口が少ない鳥取県の人口が56万人であることを考えると、ひとつの県がなくなる勢いで人口が減少していることがわかる。

ちなみに、人口が増えた都道府県は多い順に、東京(7.3万人)、神奈川(0.4万人)、沖縄(0.2万人)、千葉(0.2万人)、埼玉(0.1万人)で、それ以外の都道府県はすべて減少した。

わたしは地方の中山間地、新潟県妙高市に住んでいる。若い世代は都市部に出ていき、残っているのは高齢者世帯が多い。近年は、地域の集まりがあると「将来、この地域はどうなるのだろう?」と人口減少が話題に上がることも少なくない。

また、地方企業にとっても深刻な問題である。時々、地元企業の経営者と話す機会があるが、「人手が足りない」や「後継者がいない」などの叫び声が聞こえる。

これらの現状に、地方生活者として単純に思うのだ。「将来、この地域はどうなってしまうのだろう?」「このままでいいのかな?」と。

2年前に思いついた「地方×複業」のアイデア

わたしは、2017年5月からサイボウズで複業をはじめた。現在は地元新潟を軸に週2日、リモートワークで働いている。方向性としては「地方→東京」、生活は地方中心である。

複業で「地方が軸、東京は拠点」に挑戦──人生100年時代を生きるために、サイボウズで地方中心の働き方を選んだ

地方を軸にするこの働き方は、やりたい仕事をしつつ、区や神社、公民館、消防団などの地域の活動にも参加できるのがいいなと思っている。「地方が軸で、都市部の仕事をする」人が増えると、東京一極集中を解消しつつ、地域も維持できるのかな? と思う。

休日は地域の行事に参加する

休日は地域の行事に参加する

それに加えて、複業をはじめて比較的早い段階で気づいたことがある。それは、もし、この「逆の働き方」――つまり、「都市部のビジネスパーソンが、地方の企業で複業」できたら、人口減少や人材不足など地方が抱える課題を解決する一助になるのではないかということだった。

複業をはじめた当初に書いた、複業で「地方が軸、東京は拠点」に挑戦──人生100年時代を生きるために、サイボウズで地方中心の働き方を選んだでは、次のように触れた。

もし、今の会社でも働きつつ、地元の会社でも働くことができたら、緩やかに、安心して地方に移住できると思います。また、地方の会社が複業を始めたら、首都圏で経験を積んだ、移住を望んでいる人材と出会うきっかけになるかもしれません。

都市部には、「地元や地域の役に立ちたい」と思っている人がたくさんいる。一方、地方の企業は人材不足に悩んでいる。両者をマッチングできたら、おたがいの困りごとを解決できるのではないか、と。

1年前、「地方×複業」は否定的な意見が多かった

これを、なんらかの形にしてみたいと、1年ほど前、地方移住はハードルが高い。都心で働く人には「地方複業」がベストではないかという記事を書いた。

地方移住はハードルが高い。都心で働く人には「地方複業」がベストではないか

この記事の内容を一言で言えば、「いままで、地方創生と言えば移住推進だったけれども、移住はかなりハードルが高い。それならば、“地方で複業”からはじめてはどうか?」という提案だ。

つまり、仕事を通じて「都市部のビジネスパーソンと地方の企業をつなぐ」のである。これならば、いきなり移住しなくてもいいし、「普段はリモートワークで、月に1回出勤」のようにすれば、定期的な人の流れができる。

「地方で複業」記事への反応はさまざまだった。肯定的な意見はたくさんいただいた一方で、「片足だけ突っ込んだ地方での複業はあまり望まれていない」「住民票を移してもらわないと住民税も地方交付税も入ってこないので、あまり意義はありません」など、否定的な意見も多かった。

ごもっともな意見だと思う。

だが、否定的な意見をいただいても、わたしは「地方×複業」の可能性をあきらめることができなかった。そこで、自分でできる範囲から動くことにした。

まず、はじめたのは「周囲に話す」ことだった。

興味はある。だが、仕組みがない

機会をみつけては、地元企業の経営者や、地方にあるNPOの中間支援組織などで、「いままでにない人材活用の方法があるんです」と、地方×複業のことについて話した。

経営者からは、「アイデアはいいと思うけど、東京で働きながら、地方で複業できる人なんて実際にいるの?」という意見が寄せられた。だが、同時に「もし、そういう人が実際にいるなら、興味はある」という声も多かった。

しかし、次のステップでつまずいた。「そういう人がいれば、紹介してほしい」と言われたときに、紹介できなかったのだ。わたしはしょせん、田舎に住む一個人である。それほど多くの「地方の企業」や「地方で働きたい人」を知っているわけではない。

そう、地方の企業と都市部の人材をマッチングする仕組みがなかったのだ。

というより、そもそも、地方では「複業」という働き方自体が認知されていない。「地方×複業」を広める活動は、早々、暗礁に乗り上げたのである。

「地方×複業」を叶える方法を模索する

「この状況を、打開する方法はないか」……できることを模索した。

地方の企業と都市部の人材をマッチングするためには、両者をつなぐ「仕組み」と「地方自治体の協力」が不可欠なのではないかと考えた。

というのも、これを個人がやろうと思うとリソースが圧倒的に足りないし、地方創生は地域全体の課題でもある。ある企業が、利益のためだけに仕組みをつくるよりも、「地域みんなで」取り組む形にしたいと思った。

そこで、「地方×複業」や「二拠点生活」の課題や理想を話し合うサイボウズ式Meetupを企画した。

憧れの二拠点生活「でも何から始めれば?」――地方で複業する課題と理想を話し合ってみた

また、「地方×複業」の提案記事をきっかけに、イベント登壇の機会をいただいたりもした。

イベント「これからの地域と仕事の未来を語ろう」

2018年11月13日に新潟県上越市で行われたイベント「これからの地域と仕事の未来を語ろう」の模様。地方のリアルと、これからの仕事の可能性について話し合った。平日の日中、地方開催の有料のイベントにも関わらず、150名ほどの人々が集まった

イベントに参加していただいた方々の想いや意見に触れて、「地方×複業」は、「地域にとっても、都市部のビジネスパーソンにとっても、おたがいにとってメリットがある取り組みに違いない」と思った。

「地方×複業」を実現する上でもっとも大切なこと

これまで、「地方×複業」について、関心があるみなさんと議論してきた中で、「大切なのは、間違いなくこれだな」と思うことがある。

それは、地方の企業と、都市部の人材と、地方自治体の「想いをマッチングすること」だ。

「地方は仕事がない」は幻想でしかない――ひとりの力が地域に与える「複業×二拠点生活」の影響力
地方での複業は「遠距離恋愛」とよく似ている──信頼できるパートナーとの「共創」が地域を盛り上げる

「副業」と言えば一般的に、本業以外で「稼ぐ」ことイメージする。そして、労働時間や報酬など「条件に見合った仕事」を探そうとする。ここにあるのは、「条件のマッチング」である。

だが、「稼ぐ」ことが目的なら、わざわざ地方でしなくても、都市部のほうが仕事はあるし、金銭的な効率もいい。

また、都市部のWebエンジニアが、地方企業のホームページを制作することは、別段、特別な話ではないように、都市部の人が「利益のためだけ」に地方の仕事をするのなら、わざわざ「地方×複業」なんて銘を打たなくてもいいはずだ。

だが、「地方×複業」はちょっと違う。これまで、イベント等を通じて、多くの「地方で複業してみたい」という人たちの声を聞いてきた。そこにあったのは、「稼ぐこと」が第一の目的ではなく、「地元や地域の役に立ちたいという想い」だった。

地方×複業では、この「想い」がもっとも大切なのだ。

これは、地方の企業にも言える。都市部の人材を「単なる労働力」「単なる手足」のように見ているとうまく行かない。

地方の企業として、将来目指したいビジョンがある。その「想い」の実現のためにがんばっている。だが、それを実現するためには、リソースや専門的な知識が必要……。

「想い」をもった都市部の人材とつながるためには、企業にも、「将来目指したいビジョン」(つまり、想い)が必要なのである。

また、行政機関や地域の人の意識もそうだ。せっかく、地域に関心を持って、足を運んでくれるにも関わらず、「移住候補者」のような扱いで、「早く移住してほしい」と急かしたり、「どうせ、いつか帰っちゃうんでしょ」のように、よそ者扱いしたりするとうまく行かない。

まずは、地域に関心を持ってくれた「想い」に感謝し、「この地域に関わってよかったな」と思っていただけるような、ファンになっていただけるような関わりが必要なのである。

急速に立ち上がってきた地方×複業の仕組み

これまで、イベントはできても、自分の周囲で「具体的な動き」にするのは、なかなか難しい……と感じてきた。

しかし、ここにきて、都市部のビジネスパーソンと地方の企業をマッチングする仕組みや、政府の取り組みが急速に立ち上がってきた。また、地方でも少しずつ動きが出てきた。こういった仕組みをうまく使えば、地方×複業は実現できそうだ。

その一例を紹介しよう。

都市部のビジネスパーソンと地方の企業をマッチングする仕組み

行政機関が地域限定で行っているものや、企業が全国規模で行っているものまでさまざまだが、都市部のビジネスパーソンと地方の企業をマッチングする仕組みが出来てきた。

政府の動き

政府の動きも活発になってきている。

「まち・ひと・しごと創生会議」では、地方創生のための「関係人口の創出・拡大」施策の一つとして、「副業・兼業として地域にかかわる人材の活用」を挙げている。

また、地方銀行や人材紹介会社などと連携し、東京圏で働く人材が、地方企業で兼業や副業するよう後押しする制度を2020年度に創設するという。

経済産業省 関東経済産業局は、複活という地方×複業推進事業をはじめている。

地方の動き

今年に入って、地元新潟で地方×複業の講演依頼が数回あった。

また、地元メディアにも取り上げられた。「新聞みたよ」「何かやっているらしいね」と声を掛けてくれる人も増えた。また、地元の行政機関も耳を傾けてくれるようになってきた。昨年はあり得なかったことである。

少しずつではあるが、認知が進んできた感じがしている。

「地方×複業」を流行で終わらせないように

この1年で、地方×複業の「潮目が変わった」とわたしは感じている。いままでにない働き方が認知され、さまざまな仕組みができつつあるのはうれしいことだ。

一方で、急速に広がるある種の「流行」に、不安を感じることがある。

前述したように、地方×複業では、「想いのマッチング」が重要だが、地方企業の業務の切り出しや、都市部ビジネスパーソンの想いやスキルのヒアリングがあいまいなまま、「条件でのマッチング」をしてしまうのが怖い。

なぜなら、想像していた仕事のイメージと、実際の内容が違うと、「地方で複業なんて、やっぱりダメじゃないか」になってしまうからだ。

また、このような「流行」が起きると、さまざまな人や企業が参入するだろう。すると、それぞれの間に競争が起こって、「我先に」といった状況になりかねない。

もちろん、競争が悪いわけではない。だが、地方はどの地域も困っている。競争や利益が優先となり、それぞれの地域が、別の地域を蹴落とすような「奪い合い」「競い合い」の感じだとおもしろくないし、美しくない。

地方の困りごとを共有しつつ、それぞれの地域の特色や違いを打ち出しながら、地方の企業と都市部のビジネスパーソンとの「想いのマッチング」が進み、いい意味での「選択」できる形だといいなと思っている。

地方×複業の成功を左右する「チームワーク」の形

人口減少、東京一極集中の問題を前に、「わたしに、何ができるだろう」と考える。

地方の企業と都市部の人材をマッチングするさまざまな「仕組み」が立ち上がりつつあるいま、新たな仕組みを乱立させるよりも、すでにあるプログラムを活用したいと思っている。

一方で、地方の企業や行政機関と、都市部の人材がつながるためには、それぞれの気持ちが分かる「パイプ役」「コーディネート役」の存在が必要なのではないかと思っている。わたしは、地方と都市部の「パイプ役」になりたい。

また、地方の企業と都市部の人材が円滑に仕事をするためには、リモートワークの環境が必須である。

わたしが地方を軸に、フルリモートで複業できているのは、離れていても仕事が円滑にできるグループウェアをはじめとしたオンラインツールや、その上でやりとりされるコミュニケーションやチームワークがあるからこそである。

言い換えると、地方×複業は、これまでにない「チームワークの形」をつくる作業でもあるのだ。遠隔で仕事をするには、相応のノウハウがある。

「あいつ、家でちゃんと仕事しているのか?」──コミュニケーションが難しい在宅勤務を円滑にする工夫

サイボウズの理念は「チームワークあふれる社会を創る」である。わたしはこの、距離を越えて、想いでつながった、新しい「チームワークの形」「働き方の形」を伝えていきたいと思っている。

近い将来「東京」と「地方」の境がなくなる

この記事では、人口減少、東京一極集中という課題を踏まえ、「地方」と「東京」をあえて強調してきた。

だが、インターネットがあれば、いつでもどこでも仕事ができるいまの時代、本当は、「地方だ」「東京だ」と分け隔てること自体、実は、あまり意味がないのかもしれない。

「東京でも働きながら、地元や地域の役にも立ちたい」――いままでの常識では、このような願いは叶わなかった。

だが、いまは違う。まず、都市部のビジネスパーソンと地方の企業、そして、地域を「想い」でつなぐ。そして、働く環境やツール、その上で機能するコミュニケーションやチームワークを整える。そうすれば「東京でも働きながら、地元や地域の役にも立つ」は実現できる。

そして、近い将来、わたしたちはこう言うのだ。「人口減少って“危機”だと思っていたけど、自分がやりたい仕事をしながら、地域の役にも立つ働き方ができる“機会”だったんだね」と。

執筆・竹内義晴/イラスト・マツナガエイコ

「勤務時間にプライベートの話をする」なんて、言語道断だと思ってた

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働きやすい会社のヘンなところ

「新しい働き方」「自由な働き方」「働きやすい会社」──。ここ数年で、世の中でよく聞くようになった言葉たち。サイボウズも「働きやすい会社」として取り上げていただくことがあります。

そして、実際に中にいるとなかなか気づかないのですが、サイボウズには、転職してきた人やお付き合いのある企業の方々が思わずびっくりしてしまうような「ちょっとおかしい」会社の常識があるようです。

「働きやすい会社」には、世の中の常識からちょっと外れた、その会社ならではの少しおかしいアタリマエが存在するのかも……? 

そんな常識を少しずつ紹介していく連載、「働きやすい会社のヘンなところ」。第5話は、会社でプライベートを共有する文化のお話です。

第5話:「勤務時間にプライベートの話をする」なんて、言語道断だと思っていたけど……

細野さんは昨日のイベントのライトニングトークが面白かったと田中さんに話しかける。しかし、元気のない田中さんを見て悪いことでもあったのかと心配になる細野さん 篠原さんに聞いてみると田中さんはライトニングトークの一人目だったが、途中でイベントを抜け出して居酒屋で酔いつぶれていたらしい。失敗して落ち込んでいる田中さんの傷口をえぐってしまった、と反省する細野さん 篠原さんは、田中さんは最近悪いことが重なっていたのでライトニングトークの結果で落ち込んでいるとは限らないと、細野さんに教える。篠原さんがあまりに田中さんに詳しいので、二人は付き合っているのではないか怪しむ細野さん。そこで、篠原さんは仕事や仕事以外のこと書き込んで共有する「分報」の存在を知らせる 会社のツールでもプライベートを共有すると相互理解が深まりコミュニケーションの活性化に効果的だと教える篠原さん。細野さんは前の職場だと絶対に怒られていた、と関心する 実際に細野さんも「きょうやらかしちゃいました」と書き込んでみることに。すると、帰りにいろんな人に声をかけてもらい、仲間の暖かさに触れられた細野さんであった

「プライベートは仕事に関係ない」なんてことはない

サイボウズには、「分報(ふんほう)」という文化があります。社内の情報共有ツールの中に、ふとした気づきや体調のこと、プライベートで起きた出来事などについて気軽につぶやけるTwitterのような場所があるのです。 一見「プライベートの話を仕事中にするなんて……」と思われるかもしれませんが、実はこのことが、チームメンバーの相互理解につながったり、思わぬアイデアが生まれる要因になったりしています。 「今業務でこんなことに困っています」とつぶやくと、意図せずほかの部署の人が助けてくれる。「今日は朝から頭痛がします」「今日は生理です」という情報を知るだけで、その人にちょっと優しくなれる──。 「プライベートなんて仕事に関係ない」と排除してしまうのではなく、なんでも気軽に話せる場所を用意することで、社内のコミュニケーションは少しずつよくなっていくのかもしれません。 (つづく) マンガ:山里將樹 企画編集:明石悠佳
約500人の日報をすべて読み、社内情報を把握しまくる社員に心底驚いた話
「会社でモヤモヤしたことを言いづらい……」とためらっていたら、同僚に一喝されてしまった
「長時間労働と定時退社の社員が仲良く仕事」なんて、あり得ないと思ってた

社長が過保護だと、チームは永続できない──千葉ジェッツ島田社長がチームを“自立”させたいワケ

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自分でチームを率いながら、自分を不要とする組織をつくる

青野
青野
千葉ジェッツ、最近も絶好調ですね。戦績も順調ですが、観客動員数もリーグトップですか。
島田
島田
ありがとうございます。おかげさまで昨シーズンは多くのお客さまに足を運んでいただきました。
青野
青野
バスケの話もお聞きしたいところですが、今日はぜひ経営についてお話を聞かせてください。最近は、1万人規模のアリーナの建設計画も進めていらっしゃいますよね。
島田
島田
はい。現在は約5000人が収容できる船橋アリーナを使っているのですが、昨シーズンはチケットが手に入りにくい状況が続きました。

「千葉ジェッツふなばしを取り巻くすべての人たちと共にハッピーになる」という経営理念を実現するためには、クラブ主導でアリーナを建設する必要があると、決断しました。
話す島田社長

島田慎二(しまだ・しんじ)。株式会社千葉ジェッツふなばし代表取締役社長。1970年新潟県生まれ。日本大学卒業後、現・(株)エイチ・アイ・エスを経て、2001年(株)ハルインターナショナルを設立。2010年にM&Aで東証一部企業に売却。2012年より千葉ジェッツの運営株式会社ASPE(現:株式会社千葉ジェッツふなばし)代表取締役に就任。Bリーグ理事。著書に『オフィスのゴミを拾わないといけない理由をあなたは部下にちゃんと説明できるか? 最強の組織を作るマネジメント術』(アスコム)や『千葉ジェッツの奇跡 Bリーグ集客ナンバー1クラブの秘密』(KADOKAWA)など

青野
青野
大きなアリーナを建設することが、理念の実現につながるのですか?
島田
島田
クラブ主導のシンボリックなアリーナがあれば、ファンの試合の満足度が上がります。そして、その場所から地域貢献をしていくことが理念の実現につながるんです。
青野
青野
なるほど。4月にミクシィグループの傘下に入ったのも、アリーナ建設のためですよね。

となると、社長である島田さんが組織から切られる可能性も出てきます。
聞く青野

青野慶久(あおの・よしひさ)。1971年生まれ。大阪大学工学部情報システム工学科卒業後、松下電工(現 パナソニック)を経て、1997年8月愛媛県松山市でサイボウズを設立した。2005年4月には代表取締役社長に就任(現任)。社内のワークスタイル変革を行い、2011年からは、事業のクラウド化を推進。著書に、『チームのことだけ、考えた。』(ダイヤモンド社)『会社というモンスターが、僕たちを不幸にしているのかもしれない』(PHP研究所)など

島田
島田
それでいいんです。私が千葉ジェッツから離れてもいい「脱・島田」体制になれますから。
青野
青野
「脱・島田」体制。それはつまり、社長である島田さんがいなくてもいい体制、ということでしょうか?
島田
島田
そうです。自分で組織を引っ張りながら、同時に自分を不要とする組織をつくる。それが「脱・島田」です。
青野
青野
おもしろいですね。島田さんはこれまで、「残業をゼロにする」「タバコ休憩を禁止する」「貰ったものはみんなで分ける」などの決まり事を、いわばトップダウンで決断してきたと聞きました。
島田
島田
過保護気味だったくらいに思います。
青野
青野
それなのにこれからは「脱・島田」と。どうしてですか?
島田
島田
地域のスポーツクラブには永続性が必要です。しかし、私に依存する経営スタイルでは、永続性はありません。

私がいなければ、クラブの再建は無かったかもしれませんが、どこかで私の経営スタイルをスイッチングする必要があると思っています。私が引っ張るだけのやり方を続ければ、私がいなくなったあとに千葉ジェッツの経営状況が低下していく可能性もあるからです。

だから、私がいなくなってもクラブが上手く回るよう、今は動いています。

街にずっと生き続けるシンボリックな存在になってほしい

横に並んで対談する2人。青野の手には、島田社長の書籍がある。
青野
青野
地域のスポーツクラブには永続性が必要で、島田さんがいなくなってもクラブが安定して続いていくように、「脱・島田」を目指していらっしゃると。

では、そもそもなぜスポーツクラブに永続性が必要なのでしょうか。
島田
島田
千葉ジェッツは、多くの人に影響を与えて、生活の一部になっている地域のスポーツクラブです。私が「そろそろいいかな」と辞めて、クラブが良くない方向に行かせるわけにはいかないんです。
青野
青野
おもしろい。サイボウズとは真逆ですね。経営者は「会社は永続しないといけない」という考えを捨てていいと、私は思っているんです。

永続を目的にしてしまうと、どんどんいびつな組織になってしまいます。その結果、個人が我慢を強いられるのはおかしいと思うんですよ。会社なんて、究極的にはバーチャルな存在に過ぎないのに。
自由に働く社員を評価するために、給与テーブルを捨てました──為末大×青野慶久「本質的に人は何のために生きるのか」
島田
島田
スポーツクラブでなければ、私も永続とは言っていないかもしれません。私はこれまでいろんな会社を経営してきましたが、どれも30年続いたら大満足という気持ちでやっていました。
青野
青野
地域のスポーツクラブだと、それが変わると。
島田
島田
はい。試合は最後まで勝ち負けがわからないもの。だから会場では、あらゆる世代の人たちがものすごい応援をしています。

あの応援の熱量と、それがその地域の人々に与えるパワーは、どんな時代になっても変わらないと思うんです。そう考えると、この事業はいつまでも続ける意義があるなと。
青野
青野
なるほど。隣の人の声も聞こえないくらいの声援だと聞きます。
島田
島田
すごいんですよ。私なんかでも、会場に行くとおじいちゃん、おばあちゃんに手を握られて「千葉ジェッツが生きがいです」なんて熱く言われて。こんな仕事、ほかには無いんですよね。
青野
青野
ずっと手を握られている島田さん……目に浮かびます。
手前に島田社長、奥に青野。青野は島田社長の話を聞いて笑っている。
島田
島田
クラブが永続することで、経営理念が実現するのなら、そこに私が関わろうが関わらなかろうが、どうでもいいんです。

千葉ジェッツには、何百年後には街にずっと生き続けるシンボリックな存在になってほしいんですよ。
青野
青野
シンボリックな存在ですか。
島田
島田
街に貢献し、地域の一部として当たり前のようになっている存在ですね。

行動で示したら、社員が自立してきた

手振りを交えて、やや真剣な表情で島田社長に問いかける青野。
青野
青野
「脱・島田」したとして、その後の後継者についてはどう考えられているのでしょうか?
島田
島田
外から経営者候補を連れてきたり、社内から意欲的な人材を登用したりは考えていますよ。

いずれにしても、理念を大切にしてくれるメンバーに引き継ぎたいとは思っています。
青野
青野
理念重視なんですね。
島田
島田
はい。以前、お金の力で実績のあるヘッドコーチや選手を連れてきても、ぜんぜん勝てないときがあったんです。

理念に共感しているメンバーでないと、チームは1つになれない。そう気がついて、理念をつくり、理念に共感して、選手たちに浸透させることができるコーチを呼んだ。すると、想像以上に早く成果が出たんです。
青野
青野
おもしろいです。経営もスポーツも、一番大切なのは理念ということですね。
島田
島田
ええ。だからこそ選手たちにも、ヘッドコーチに依存しすぎないようになってほしいと思っています。

千葉ジェッツという強いチームが永続するためには、現在ヘッドコーチを務めている大野篤史ヘッドコーチがいなくても強くあり続けられる「脱・大野」が将来的には必要だと考えているんです。

理念に共感してくれるヘッドコーチさえいれば、強くあり続けられる。それが私の理想のチームです。
青野
青野
なるほど。
奥には手振りを交えて説明する島田社長。手前には話を聞く青野。
島田
島田
青野さんは、後継者について考えられていますか?
青野
青野
いえ、サイボウズは後継者を育てないと宣言しています。そうすると、社員たちは焦って、僕がいなくなったときのことを考えるかなと(笑)。
島田
島田
おお、効果はありましたか? 野心的な人材が出てくるとか。
青野
青野
いえ、そういうのは求めていないんです。僕はみんなに自立してほしい。いざ会社が無くなったときに、自分はどう振る舞うべきか考えられる人になってほしくて。

刻一刻と経済状況は動くし、僕が明日死ぬかもしれない。そのときの心の準備はできているか? 瞬間の判断ができるように、五感を鋭敏にさせたい。これが、私が社員に求めている自立のイメージです。
島田
島田
なるほど、そこは私も同じです。手前味噌ですが、「いつまでもいると思うな、親と俺」と社員にはよく伝えていました(笑)。
青野
青野
社員の方たちの反応はいかがでしたか?
島田
島田
正直、響いていませんでした。そのため同時に、ミクシィとの資本提携やアリーナ建設など、チームの永続のための仕組みづくりからまずは始めていきました。

しかし、そうやって私が千葉ジェッツから離れてもいい体制になったら、今さら自立感が出てきたんですよ。ミクシィグループの傘下に入ることが決まったことで、社長が代わる可能性もあると気がついたのか、社員たちの目つきが変わってきたんです。

ずっと言っても伝わらなかったのに、あれ、今か! って(笑)。
青野
青野
島田さんが、かたちを持って示したことが社員に伝わったんですね。
島田
島田
はい。言葉では伝わらなかったのに、行動として示した結果、自立の空気が生まれたということだと思っています。

自分で、自分の役割が終わるときがわかるんです

胸の付近に両手を持ってきて、自分自身を指し示す島田社長。
青野
青野
今日お話を聞いていて、島田さんはとても「柔らかい人」だと思いました。固執がないというか。
島田
島田
そうでしょうか? なんというか、自分で、自分の役割が終わるときがわかるんですよね。今は、変わるときだと感じています。

……スピリチュアルな話じゃないですよ(笑)。
青野
青野
ははは。ご自身を冷静に見ていますね。それはもともとの性格ですか?
島田
島田
いえ。もともとは本当に利己的な人間でした。以前経営していた会社では、出社したら社員がいないとかが当たり前の経営もしていましたし。社員に裁判を起こされたこともあったんですよ。
青野
青野
今の島田さんからは想像がつかないです。何か心境の変化があったんですか?
島田
島田
なぜこんなに上手くいかないんだろうと悩んでいたあるとき、京セラの創業者である稲盛和夫さんの本を読んだんです。稲盛さんの「利他の心で経営を行う」という考えがすごく腹落ちして。

そこから社員に謝って、みんなが幸せになる会社をつくろうとマインドセットしました。その後、会社の業績は順調に伸びていきましたね。
青野
青野
そこから変わっていったんですね。
島田
島田
はい。千葉ジェッツの経営も、最終的には「脱・島田」すべきという考えも、その体験がベースになっています。

誤解しないでいただきたいのですが、千葉ジェッツは私の体の一部くらいの感覚を持っているんですよ。ただ、私がリーダーシップを発揮せず、チームを見守る支え方もあると思うんです。
青野
青野
そうですね。
島田
島田
実は今すでに、千葉ジェッツが私に依存していない感覚を持ちつつもあるんですよ。徐々に自分の権限を離していっても問題ない状況になっています。実はもう「脱・島田」は達成しているのかもしれません。
青野
青野
おもしろいですね。千葉ジェッツがどうなっていくかが楽しみです。今後も応援しています。

文:石川歩/編集:松尾奈々絵(ノオト)/撮影:栃久保誠/企画:吉原寿樹

売上も利益も観客動員数もトップクラスの千葉ジェッツが、サイボウズのグループウェアを選択した理由

サイボウズ Office 導入事例 千葉ジェッツふなばし

――サイボウズ Office導入以前の状況についてお聞かせください。 ...


売り上げはあきらめた。辞めるかもしれない社員への投資も惜しまない──すべては企業文化を守るため

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成長・拡大するにつれ、企業文化をどのように維持し、新規メンバーに伝えていくか。頭を悩ませている経営者は少なくないと思います。

米フロリダにある、学生スタッフによる清掃サービス会社「スチューデント・メイド」創業者・CEOのクリステン・ハディードさんは企業文化を維持するために、企業規模を10分の1程度にするなど、大幅な人員削減を行いました。

ハディードさんは「規模拡大やフランチャイズで成長するよりも、目の行き届く規模で、従業員に確実に企業文化を伝えて成長を図りたい」と言います。

ハディードさんが実践するフィードバックのやり方についてお伺いした前編に続き、後編ではリーダーシップをとるうえで心がけていることから、新人研修の方法まで、働きがいのある組織をつくる秘訣を聞きました。

※この記事は、Kintopia掲載記事"Vulnerability Made My Company Stronger—Interview with Kristen Hadeed (Part 2)”の抄訳です。

規模を10分の1にして、売り上げを減らしても、企業文化を守りたかった

アレックス
アレックス
ハディードさんの会社は学生に人気の企業で、実際に優秀な学生スタッフばかりとのことですが、いまは何人くらいの人が働いているのでしょうか?
ハディード
ハディード
現在の従業員数は、50人から100人の範囲で変動しています。以前は500~600人ほどの規模だったのですが、この2年で人員削減を図りました。
ハディードさんのプロフィール写真

クリステン・ハディード。スチューデント・メイドCEO。2008年に従業員が学生のみの清掃サービス会社「スチューデント・メイド」を創業。低賃金、離職率75%で知られる業界ながら、離職率の低さとその成長性から全米で注目を集める。著書に、”Permission to Screw Up”(日本語版のタイトルは、『離職率75%、低賃金の仕事なのに才能ある若者が殺到する奇跡の会社』ダイヤモンド社)がある。Photo by Pete Longworth

アレックス
アレックス
ずいぶんと大胆な人員削減をしたんですね。
ハディード
ハディード
そうなんです。なぜ、人員削減したかというと、会社の規模によって企業文化が大きく変わってしまうと感じたからなんです。

最終的にはフランチャイズや規模の拡大による成長ではなく、人数をしぼり、自分たちの企業文化をメンバーに確実に伝えて成長を目指すという方法を選びました。
アレックス
アレックス
規模を小さくするということは、売り上げにも影響しますよね。
ハディード
ハディード
ええ、かなりの売り上げをあきらめました。でも、その価値はあったと思います。

企業文化をしっかりと伝え、従業員に自分たちが今まで築いてきたものを身につけてもらうことは、私たちにとっては利益以上の意味があることなんです。

一生懸命つくりあげた企業文化を犠牲にしてまで拡大成長するより、目の行き渡る規模で企業文化を社員に浸透させて成長を目指すというやり方のほうがしっくりくる感じがしたんですよね。
アレックス
アレックス
利益よりも企業文化を優先にするという決断は、経営者にとって簡単なことではないと思います。
ハディード
ハディード
規模の縮小=ビジネスがうまくいっていない、と考えられがち ですよね。

でも、企業文化と職場環境を守るための勇敢な決断として必要なときもあるんです 。

弱さを見せられるのは強さ。リーダーとして、ありのままの姿を見せることの大切さに気づいた

アレックス
アレックス
ハディードさんは、リーダーシップにおいては「気づかい」と「ありのままでいること」が重要だとおっしゃっていますね。

メンバーへの「気づかい」が大切だということはわかるのですが、なぜ「ありのままでいること」が重要なのでしょう?
ハディード
ハディード
前編で少しお話しましたが 、過去に45人の従業員が一度に辞めてしまったことがありました。そのときに「ありのままの姿」をみんなに見せることの大切さに気づいたんです。

45人ものメンバーが辞めてしまった原因のひとつは、私のリーダーとしての経験が浅かったことです。何をすべきかわかっていなかったんですよね。

たとえば、メンバーの名前もまったく知りませんでしたし、みんなに飲み物を出すことや、昼休みをとってもらうことすら考えもしませんでした。
アレックス
アレックス
それはたしかに......。学生に人気の企業 となったいまの状況からは想像できないほどです。
ハディード
ハディード
辞めていった45人に対して、間違っているのは彼らだと思ったことを覚えています。

なぜ彼らは仕事に全力を注ぎ、やり遂げなかったのだろうか、と。被害者意識を持っていたんです。
アレックス
アレックス
それから、どうなったんですか?
ハディード
ハディード
パニック状態になりました。やらなければならない仕事がたくさんあったからです。

それで、まだ会社に残ってくれているメンバーに、現状を話しました。助けを求めたところ、彼らは素晴らしいアイデアを持っていたのです。
アレックス
アレックス
素晴らしいアイデア?
ハディード
ハディード
「会議をしましょう」と言ってくれたんです。そして、朝に集まって何が問題だったかを話し合いました。
アレックス
アレックス
やっとメンバーと話をするようになったんですね。
ハディード
ハディード
会議の前まで、私は自分がどう悪かったのか本当に理解できていませんでした。

だから、みんなにはこう伝えました。「私は何か間違ったことをしたのだと思います。でも、何が問題だったのかをわかっていません。リーダーになるのは初めてで、悪意はなかったんです。本当に申し訳なく思っています。どうか手を貸してください」と。

当時は自覚していなかったのですが、私は自分の弱さを認めたんです。
アレックス
アレックス
素直に謝って、問題点を指摘してもらうように頼んだんですね。
ハディード
ハディード
はい。そうしたからこそ、辞めた45人 のメンバーも戻ってきて私にまた機会を与えてくれたんだと思います。
アレックス
アレックス
リーダーの中には、メンバーの目の前で面目を失うことをおそれる人も多いと思います。

自分の弱い部分を見せながら、リーダーシップをとることは可能だと思いますか?
ハディード
ハディード
はい。みんな「ありのままの姿を見せること」をネガティブにとらえがちだと思うんです。

「武装しない=弱い 」と、考えてしまうかもしれませんが、実際はひとつの勇気のあらわれだと思うのです。

人は勇気のあるリーダーについていきたいと思うのものですよ。
アレックス
アレックス
たしかに。自分を偽って大きく見せることは自信のなさのひとつのあらわれですからね。
ハディード
ハディード
つねに答えがわかっているような完璧な人間は世界のどこにも存在しないという ことはだれもが知っているはずです。

だから、あたかもなんでもわかっているかのように振る舞う人のことは、だれも信頼しないでしょう。
アレックス
アレックス
その通りだと思います。
ハディード
ハディード
私は、ガードしないでありのままの姿を見せることは強さであると学びました。

職場でありのままの姿を見せるということは、だれかに助けを求められるということです。「失敗した」と伝え、自分のミスや、答えがわからないということを正直に認めるということです。

チームの団結力を強めるのは、信頼、人間関係、レジリエンス

アレックス
アレックス
次はチームワークについて教えてください。チームの団結力を強いものにするためにはなにが必要でしょうか?
ハディード
ハディード
信頼と良好な人間関係、そしてレジリエンス(回復力)だと思います

信頼はフィードバックを通して築くことができます。

そして、良好な人間関係は、絶対に欠かせない要素です。人は、自分のことを考えてくれる人と働きたいものです。職場での人間関係はうわべだけのものではいけません。多くの時間を一緒に過ごすわけですから
アレックス
アレックス
人間関係を良好にするためにはどうしたらいいでしょうか?
ハディード
ハディード
周囲とお互いの生活のことを話せることが大事だと思います。

それもメールではなく、顔を合わせてコミュニケーションするのがポイントですね。メンバーをコーヒーやランチに誘って、時間をかけて人間関係をつくりましょう。
掃除で集めたゴミを囲んで記念撮影をするスタッフ

スチューデント・メイドのスタッフは、現役の大学生。ここで得た経験を生かして就職に成功する学生が多いという

ハディード
ハディード
たんに今週末の予定や天気の話をするのではなく、お互いのことを知れる会話ができるといいですね。
アレックス
アレックス
レジリエンス(回復力)とはなんでしょう?
ハディード
ハディード
レジリエンスとは、失敗や困難に対するチームの心構えのことです。

私の会社では、「そこから何かを学べるのであれば、それは失敗でない」という話をしています。
アレックス
アレックス
失敗や間違いから何かを学ぶために、ハディードさんの会社では、具体的にどのようなことをしているのでしょうか?
ハディード
ハディード
何か間違いやミスをしたときは、話をするようにしています。

ミーティングを開き、「何が起こったのか」「どうしてこのミスが起こったのか?」「つぎに同じことが起こったらどうするのか?」ということを話し合います。

このようにチームみんなで学べるのなら、そのあと困難にぶつかっても、それを乗り越えられるはずです。厳しい状況でも、恐れることはありません。すでに困難を乗り越えた経験があるのですから。今度も同じようにすればいいのです。

会議の席が静まり返っていたら、それはよくないことが起こっていることの証拠

アレックス
アレックス
ここまでチームの結束力を高める方法や失敗から学ぶ方法についてお聞きしました。

今度は、会社の中で何かがうまくいかなくなった場合の対処法を教えてください。会社やチームで問題が起きているかどうかを気づくための方法はありますか?
ハディード
ハディード
はい、私の場合は会議でのメンバーの様子を、うまくいっているかどうかのひとつの指標にしています。

もし、みんなが自由にアイデアやフィードバックを話していたら、それはすべてが健全であるというサインです。
ミーティングをする学生スタッフ
ハディード
ハディード
一方心配なのは、会議の席が静まり返っているときですね。何か問題を感じた場合は、会議を止めて、「何かよくないことが起こっているみたい。一体どうしたのでしょう?」と問いかけます。

それから、みんなで話し合います。みんなが黙ってしまった理由、避けようとしていた話題が明らかになるはずです。
アレックス
アレックス
徹底して、みんなで話し合うようにしてるんですね。

ただ、中にはあまり話すのが得意でない人もいると思います。その場合はどうするのでしょうか?
ハディード
ハディード
私の場合、話すのが得意でない人については、ボディーランゲージや表情から、心の中でどのようなことが起こっているかを推測できます。

もし、その人が賛成しかねることがあるのに、発言できないようなら、いったん会議を止めます。そして、「確認しましょう。ここまでのみなさんの考えを聞かせてください」と、言ってみるのです。

このように、各メンバーに考えを聞く役割をconflict miner(対立探しをする人)と呼んでいます。反対意見があるが、口に出して言えない人を会議中に掘り起こす役目をする人のことですね。
アレックス
アレックス
それは、リーダーの仕事になるのでしょうか?
ハディード
ハディード
必ずしもそうとは限りません。会議によって指名することもあります。ただし、会議のファシリテーターとは別の人が担当するようになりますね。一度に両方するのは難しいので。
アレックス
アレックス
人前で話すのが苦手で、みんなの前で話すのが嫌だという人に意見を求めても大丈夫でしょうか?
ハディード
ハディード
相手を不快にさせたくない気持ちはわかります。でも、何かを推し進めるには、みんなの意見を聞く必要があります。

時間に余裕があるのなら、「考える時間が必要で、ひとりになったほうが考えやすいのなら、1週間後に答えを聞かせてほしい」 と伝えるのも有効です。

要するに、各メンバーが自分に最適な方法でアイデアを出せるようにすることが重要なのです。

たとえメンバーが転職するとしても、彼らへの投資は惜しまない

アレックス
アレックス
最後に、新人研修について教えてください。

冒頭で、規模の拡大よりも企業文化を守りたいとおっしゃっていましたよね。

それほど、企業文化の維持と従業員への浸透を重視しているのだと思いますが、新しく入った社員が会社のカルチャーに馴染めるようにどのような対応をとっていますか?
ハディード
ハディード
時間をかけることが大事です。

新しく入ってきた人がずっと前からつくり上げられてきたものに、一瞬で同化できるような方法はありませんから。

ただ研修は、入社面接に訪れたまさにその日から始まるとわたしは考えています。
アレックス
アレックス
入社する前から、ということでしょうか?
ハディード
ハディード
そうです。

候補者の人には、私たち社員を家族みたいに感じてもらえるよう心がけています。

いちばん最初の面接は、厳密に言うと、いわゆる面接ではありません。オフィスツアーを行い、その後、わたしたちの会社の成り立ちと目標についてお話しします。

それからこうお伝えします。「わたしたちの会社があなたにとって、わくわくできるようなものなら、喜んで面接を設定させてもらいます。でも、まずはお会いしたいと思っていたんですよ」と。

つまり、ファーストコンタクトの時点で、人間関係を構築しているのです。
アレックス
アレックス
なるほど。
ハディード
ハディード
私たちの会社では新人向けに1か月間の研修プログラムを組んでいます。フィードバックのためのFBIメソッドや、自己評価、さらに自己発見や人間関係の構築について学んでもらいます。

良き人、良きリーダー となってもらうために、たくさんの時間をかけて、スキルを教えます。

ここで学ぶことは、今後の彼らの人生のあらゆる場面で、役に立つはずです。

彼らがいつか転職するかもしれないことはわかっています。それでも、この研修は必ず行います。大切なことを教えようという気持ちが私たちにあることを伝えたいからです。
アレックス
アレックス
いつか会社を離れていってしまうかもしれない従業員に対して、初めからかなりの投資をすることを無駄だとは思わないのでしょうか?
ハディード
ハディード
経営者が社員に投資し、その目的が社員の自己改善のサポートならば、社員は突然辞めたりしないでしょう。

だれの文章かは忘れましたが、「人に投資して、彼らが去ったらどうなるか?」そして、その次にこう続いています。「人に投資せず、そのまま彼らが居座ったらどうなるか?」(*)

従業員の定着率によって、企業文化がいいかどうかがわかると、私は考えています。

私たちのケースでは皮肉にも、離職率を下げることに必死になるのをやめて、メンバーに投資することに力を入れるようになったところ、定着率が過去最高になりました

それは、メンバーが「私のことを気づかってくれている。だから、転職したいとは思わない」と考えてくれているからだと思っています。

(*)さまざまな人が発言しているが、いちばん初めに言ったのはヘンリ・フォードだと思われる。

Vulnerability Made My Company Stronger—Interview with Kristen Hadeed (Part 2) - Kintopia
執筆:Alex Steullet/編集:鈴木統子
「する側もされる側も気が重い」。フィードバックの生産性を上げる秘訣を、米人気企業CEOに聞いた

「結果は気にしなくていいよ」「でも、ミスをしたらどうしよう」──感情を科学すれば、失敗の恐れと向き合える

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「結果は気にしなくていいよ」だけではダメ──責任をしっかり定義する

藤村
藤村
ゆめみさんは、各メンバーが責任を持って意思決定できるようにしているそうですね。

今日はそのチームづくりについて、お聞かせいただければと思います。
片岡
片岡
そうですね。では、そもそも責任ってなんだろう? というところから始めましょうか。
藤村
藤村
ぜひぜひ。お願いします。
片岡
片岡
よく「自責」という言葉を使いますよね。ともすれば、起きたことの責任はすべて自分にあると考えがちですが、ゆめみでの定義は違います。
藤村
藤村
というと?
片岡
片岡
僕たちは自責を「結果を出すために約束を守り、最善を尽くす遂行責任を果たすと宣言すること」と定義しています。

仮に成果を出せなかったとしても、それによって評価や給与が下がるような「結果責任」を負うことはありません。
両手を胸にかざす片岡さん

片岡俊行(かたおか・としゆき)さん。1976年生まれ。京都大学大学院在学中の2000年1月、株式会社ゆめみ設立・代表取締役就任。 在学中に、100万人規模のコミュニティサービスを立ち上げ、その後も1,000万人規模のモバイルコミュニティ・モバイルECサービスを成功させる。また、大手企業向けのデジタルマーケティングの立ち上げ支援を行い、関わったインターネットサービスの規模は5,000万人規模を誇り、スマートフォンを活用したデジタル変革を行うリーディングカンパニーとしてゆめみグループを成長させた。
「全員CEO」「給与自己決定」「有給取り放題」「1カ月1時間勤務でOK」「副業を会社が発注」「定年100歳」など、常識にとらわれない組織づくりの内幕をTwitter( @raykataoka)やブログなどで発信中

藤村
藤村
この考え方に、はっとさせられました。なぜメンバーに結果責任を負わせないという発想になったんですか?
片岡
片岡
僕たちは法人向けのWebサービスの受託開発やデジタルマーケティング支援などを行う会社です。

基本的にチームで成果を出すというビジネスモデルなので、個人に対して「結果さえ出せばいい、出せなかったらペナルティ」というやり方はそぐわないと思うんです。そもそも世の中自体が激しく変化しているので、なおさら。
藤村
藤村
なるほど。
片岡
片岡
ただ、こうした考え方を伝え始めたころは、「結果は気にしなくていいよ、結果責任は課さないから」と言っても「とはいえミスをしたらどうしよう」と考えてなかなか行動できない人も多かったんです。
藤村
藤村
よくある自責の観点に縛られていたんですね。
片岡
片岡
はい。だから定義を大切にして共通理解を深めています。

言葉の定義をはっきりさせることで、「結果によって評価が下がることはない」と明確に伝えています。

一方ではやたらと他責的な人が出てきて、何か問題が起きたときに「うちは結果責任を負わなくていいんだから」と言って誰かに責任を負わせようとするかもしれない。そんなときにもしっかり立ち返ることができるので、やはり定義は大切なんです。

「なんとなく部長だから」で権限と責任を集中させない

藤村
藤村
ここまで定義が明確なら、心理的安全性が担保されそうですね。

でも定義がない状態の場合は、何から始めればいいでしょうか? 一般的には「マネジャーが責任を取るよね?」という考え方が支配的だと思いますが。
腕に手を置く笑顔の藤村

藤村 能光(ふじむら・よしみつ)。サイボウズ株式会社サイボウズ式編集長。1982年生まれ、大阪府出身。神戸大学を卒業後、ウェブメディアの編集記者などを務め、サイボウズ株式会社に入社。製品マーケティング担当とともにオウンドメディア「サイボウズ式」の立ち上げにかかわり、2015年から編集長を務める。メディア運営や編集部のチームビルディングに関する講演や勉強会への登壇も多数。複業としてタオルブランド「IKEUCHI ORGANIC」のオウンドメディア運営支援にも携わる。書籍「未来のチームの作り方」(扶桑社)を出したこともあり、最近特に未来のチーム作りに目がない。Twitter(@saicolobe)

片岡
片岡
うちにもそんな時代がありましたよ。「責任と権限」について議論し、権限のある人が責任も負うべきだと考えていたころがありました。
藤村
藤村
変わっていったきっかけは?
片岡
片岡
2014年に役割を分担したことですね。

それまではなんとなく「あなたは部長だから」という感じで、マネジャーに責任と権限が集中していました。
片岡
片岡
すると、優秀な人たちを選んで部長を任せたのに、3人連続で「つらいので、もう部長をやめたいです」と言われてしまって。僕が社長と部長を兼務せざるを得ませんでした。
藤村
藤村
うわぁ……。マネジャーって、メンバーには直接目に見えにくい仕事も多いので、分かります。
片岡
片岡
これは構造的に無理だな」と思いました。

1人のマネジャーに責任と権限が集中していたのは、裏を返せば役割の定義があいまいだったということです。

そこで、プロフィットマネジメント(利益最大化)やプロジェクトマネジメントなど、それぞれが得意とする役割に紐づけて、さらに1人で背負うことがないようにしました。
藤村
藤村
得意な役割を任せて、複数のマネジャーで分担していくと。
片岡
片岡
はい。そもそも僕たちは大企業を相手に、何千万人をも対象とするようなシステムを作っています。

プロジェクトマネジメント1つとってもかなり複雑で高度な役割を求めているのに、さらに大変な部長という役職を押しつけていたわけです。
藤村
藤村
「つらいので部長をやめます」と言いたくなる気持ちがよくわかります。
片岡
片岡
このままでは会社を成長させられないですよね。だから、社長権限で「えいや」で変えました。

嫌悪や怒りは「この人を見習いたい!」という気持ちに変える 

向かい合って座る片岡さんと藤村を横から写している
藤村
藤村
もう1つだけお聞きしたいのですが。
片岡
片岡
どうぞ。
藤村
藤村
得意領域を任せてもらえるとしても、マネジメントに絡むような大切な役割を与えられたときに、肝心のメンバー側が「自主的に行動することに恐れを抱く」こともあると思うんです。
片岡
片岡
わかります。

任される予算にしても、5000円や1万円のうちはいいかもしれませんが、10万円、100万円と大きくなっていくにつれて、枠の大きさに恐れを抱いてしまうかもしれませんね。
藤村
藤村
その枠をメンバー自身が自分の力で破っていくためには、何が必要だと思いますか?
片岡
片岡
ゆめみでは、わざと人間同士の揉めごとを発生させ、感情のぶつかり合いを経験させることを重視しています。
藤村
藤村
え、わざとですか? 僕、揉めごとは苦手なんです……。
片岡
片岡
そうなんですね。僕は事業に影響がまったくない領域で、わざとトラブルを起こすんです。

これは脳神経科学や心理学に基づいた、脳を鍛えていくためのプロセスです。擬似的な不安を社内に発生させ、ストレスを与えることで、自分の思考パターンを変えてもらうことを意図しています。
藤村
藤村
たとえば、どんな思考パターンの変化がありますか?
片岡
片岡
「身勝手な振る舞いをするメンバーに怒りを覚える」という人がいます。その人は日ごろは自分の感情を抑えて、「ルールは守らなきゃいけないもの」と思いこんでいます。

でもその裏側には、実は嫉妬の感情が隠れていることもあるんです。「自分も好き勝手に、自由奔放に振る舞ってみたい」という気持ちがある。しかしそれを否定して、ずっと自分をだまして生きてきた。

この「うらやましい」という気持ちに気づくことが大切です。
藤村
藤村
なるほど。
片岡
片岡
自由奔放に振る舞うのは、状況によっては必要なスキルでもあります。目の前で勝手な振る舞いをしているメンバーは、その能力がとても高いということ。

そうやって思考を変え、パターン学習されていた嫌悪や怒りの感情ではなく、「この人はすごい、見習いたい、師匠だ!」といった形に置き換えていくんです。これが脳の訓練です。
両手で頭を押さえる片岡さん
藤村
藤村
具体的に、片岡さんはどのようなことをするんですか?
片岡
片岡
社内で使うSlackでは、僕がみんなにちょっとした煽り文句を言ってみることがあります。それでイライラしている人がいたら、「そんな感情を抱いている自分を認知してね」と書くんです。
藤村
藤村
わざと煽り文句を言うとは(笑)。とはいえ、目的はメタ認知(*)につなげてもらうことで、相手を傷つけるようなものではないんですよね?

(*)自分自身を客観的に認知する能力

片岡
片岡
そう、自分の感情が荒ぶっていることをメタ認知してもらうんです。

もちろんその背景には、科学的に脳の学習をしているという文脈があります。そうでなければ単なるモラハラやパワハラになってしまいますから。個人のトラウマも慎重に考えています。

そのうえで少々のことには感情が乱れないように、僕が耐性をつける手伝いをしています。
藤村
藤村
具体的なやりとりが気になります。
片岡
片岡
たとえばこちらのSlackのやりとりでは、他社の「16歳のエンジニアが入社した」というツイートを社内にいる18歳のエンジニアに向けて引用し、煽るような発言をしています。

普段からこうした発言に感情を荒立てず、おもしろがりながらお互いにコミュニケーションすることを目指しています。
「おつかれw」と煽るような発言をする片岡さんと、それをきっかけに活発に会話する社員のチャットの様子

メンバー同士の活発なコミュニケーションも起きている

藤村
藤村
思ったより微笑ましくてホッとしました......(笑)。こうしたストレスをきっかけにして行動や思考、感情のパターンを認知し、学習していくということですね。
片岡
片岡
普段のやりとりでも、語気が荒くなる人とそれに怒っている人がいたら、僕が「ちょっと待った!」と、解説付きでツッコミを入れています。

すると「こんなつまらないことで怒ってしまったよ」と笑いが起き、みんなで楽しみながら学習していけるんです。
藤村
藤村
こうした感情の科学が、自主的に行動するときの「恐れ」と向き合うことにつながっていくということでしょうか。
片岡
片岡
はい。たとえば、エンジニアが社外の人とやりとりするとき、声の大きい人になかなか発言できず話が進んでしまうことも多い。

怒りや嫌悪と同様に、自分がどのような恐れを抱いているのか、それをメタ認知できるようになれば、自分の考えをしっかり伝えることができますし、新しいことにも挑戦しやすくなるはずです。

こんなことばかりやっているので、最近の社内では、僕の言うことにだんだん反応してくれなくなってきているんですよ(笑)。新しい仕掛けを考えなきゃいけないなぁ、と思っているところです。
笑顔の片岡さん
片岡さんへのインタビュー後編は9月24日に公開予定。メンバーが自分らしさと向き合い、適切な役割を見つけられる組織のつくり方を聞きます。
執筆:多田慎介/撮影:矢野拓実/企画編集:山口遼大

「自分らしく働ける」チームづくりについて聞いたら、昆虫の生き方の話になった

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「分解し、割り振ること」がマネジャーの重要な役割

藤村
藤村
僕自身も編集長としてマネジメントを担っていますが、自分が矢面に立つというよりは、「みんなが楽しく踊るための場づくり」が好きなのだと実感しています。

そんなふうにいろいろな人がいる中で、適材適所でチームをつくっていくにはどうすればいいのでしょうか?
片岡
片岡
ちょっと遠回りの話になるかもしれませんが……。

人間の仕事とヒトの構造って、似ていると思うんです。ヒトの体は、アミノ酸など多くのタンパク質が組み合わさって構成されています。
両手を体の前に置く片岡さん

片岡俊行(かたおか・としゆき)さん。1976年生まれ。京都大学大学院在学中の2000年1月、株式会社ゆめみ設立・代表取締役就任。 在学中に、100万人規模のコミュニティサービスを立ち上げ、その後も1,000万人規模のモバイルコミュニティ・モバイルECサービスを成功させる。また、大手企業向けのデジタルマーケティングの立ち上げ支援を行い、関わったインターネットサービスの規模は5,000万人規模を誇り、スマートフォンを活用したデジタル変革を行うリーディングカンパニーとしてゆめみグループを成長させた。「全員CEO」「給与自己決定」「有給取り放題」「1カ月1時間勤務でOK」「副業を会社が発注」「定年100歳」など、常識にとらわれない組織づくりの内幕をTwitter( @raykataoka)やブログなどで発信中

藤村
藤村
こういう「人間の根源」的な話、とても好きです。
片岡
片岡
ははは、では続けます。仕事も同じで、「話す」とか「聞く」とか、さまざまな動作の組み合わせでたくさんの職種が形成されている。

そうした中で、最も根源的な仕事ってなんだろう? と考えたことがあります。
藤村
藤村
……。コミュニケーションでしょうか。
片岡
片岡
答えは、ディレクター的な役割の仕事です。

タンパク質で考えてみましょう。この中でも最も重要なのは、アミラーゼなどの分解酵素です。食べたものを分解してくれるからこそ、最終的な栄養として吸収できる。

同じように、仕事を分解して「これはAさんに」「これはBさんに」と割り振っていく分解酵素的な仕事、つまりディレクター的な役割こそ、根源的ではないかと。
左手を前に出す片岡さんの横顔
片岡
片岡
仕事を分解して設計することを僕は「ジョブデザイン」と呼んでいます。

大きな塊の状態の仕事を置いて、やりたいものを自由に取っていってもらうだけでは、最後に残ったものを誰がやるの? という状態になってしまう。そうならないように仕事をデザインするのは、マネジメントの重要な役割でしょう。

「担当者に依存しがち」にならないために、チームに依頼する

藤村
藤村
ゆめみさんでは、分解した仕事をどのようにして紐づけていますか?
片岡さん越しの、笑顔で話す藤村

藤村 能光(ふじむら・よしみつ)。サイボウズ株式会社サイボウズ式編集長。1982年生まれ、大阪府出身。神戸大学を卒業後、ウェブメディアの編集記者などを務め、サイボウズ株式会社に入社。製品マーケティング担当とともにオウンドメディア「サイボウズ式」の立ち上げにかかわり、2015年から編集長を務める。メディア運営や編集部のチームビルディングに関する講演や勉強会への登壇も多数。複業としてタオルブランド「IKEUCHI ORGANIC」のオウンドメディア運営支援にも携わる。書籍「未来のチームの作り方」(扶桑社)を出したこともあり、最近特に未来のチーム作りに目がない。Twitter(@saicolobe

片岡
片岡
不確実性の高い最初の段階ではマネジメントの役割が大きいのですが、ある程度プロジェクトが安定してきたら、スクラム的に、チームメンバーが自律的にタスクを選んでやっていく方向にしたいと思って動いています。

そのために職務定義をして、全職種の役割をかっちり決めているんです。
職種ごとに文字で定義がびっしりと書かれた図

職種ごとの役割を詳細に定義したガイドライン

出典: 成長環境しか提供できない|Ray Kataoka|note

藤村
藤村
すごい。ここまで明確化されているんですね。
片岡
片岡
これを前提にしつつ、自分らしさを大事にしてもらいたいと思っています。

例えば「セールス 兼 人間中心設計スペシャリスト」とか、「ディレクター 兼 キャリアコンサルタント」といった役割のメンバーもいます。
藤村
藤村
単一の役割だけではなく、さまざまな職種を重ね合わせられる。
片岡
片岡
はい。そうすることで自分だけのキャリアを作り、1万人のうちの1人になることを目指すという考え方です。
キャリアの様々な描き方を図化したもの

キャリアパスを定義した図

出典: 成長環境しか提供できない|Ray Kataoka|note

片岡
片岡
あらかじめ役割を細分化しているのでマネジャーも分解しやすいし、何かを依頼するときは、人ではなくチームに依頼できます

それぞれのメンバーがどんな能力を持ち、何をやりたいと思っているのかも、一覧で見られるようにしています。
ビジネススキルと、その習熟度や興味範囲を記号で表した図

「星取表(ほしとりひょう)」と呼ばれる、チーム毎のスキル獲得状況を可視化した図

出典: 成長環境しか提供できない|Ray Kataoka|note

藤村
藤村
プロジェクトマネジメントをする人は、チームに対して仕事をお願いすればいいわけですね。
片岡
片岡
これによって、会社全体も各チームも特定の1人に依存しない構造となっています。
藤村
藤村
サイボウズ式編集部では、メディアを核に、動画やイベントなど、さまざまなプロジェクトが走っています。

プロジェクト担当者の個人依存になりがちなのが課題です。そうした意味では、とても参考になります。
片岡
片岡
まぁでも、最後には人の個性が残るんですよね。

うちでは営業の人を「アーティスト」と呼んでいまして。
藤村
藤村
いいですね。
片岡
片岡
優秀なアーティスト、つまり営業は、一言でその場の空気をがらっと変えられるような力を持っています。そうした力はあくまでも本人の個性です。
藤村
藤村
「○○さんだから発注する」というお客さんもいるでしょうし、それはチームでは代替しきれないですよね。
片岡
片岡
はい。だけど、そんな「らしさ」を発揮できる場所はゆめみしかないよね、という高次な依存関係を作りたいんです。

「個人の力を発揮できるのは、ゆめみという環境があるからだ」と思ってもらえるようにしていきたいと思っています。
右手を胸に当てる片岡さんの横顔

私のリーダーシップは「ホタル2割、カブトムシ4割、ススメバチ4割」です

藤村
藤村
得意な役割に手を挙げて、「自分らしさ」を生かせるのはいいですね。

ただ、そこに行き着くまでが大変というか、「自分らしさをどうリーダーシップに生かせばいいんだろう?」と悩む人も多そうな気がします。
片岡
片岡
僕たちもそれは考えていますね。

いろいろなリーダーシップの形を社内で発揮できるように、組織的に支援していきたいと思っています。

リーダーシップのあり方を類型化して、「自分にはこんなリーダー像が向いているな」ということにキャリアの早い段階で気づけるようにしていきたい。

これは昆虫の研究をしている中で発見したことなんですが。
藤村
藤村
こ、昆虫ですか?
片岡
片岡
そうなんです。あ、ちょっと話がずれてしまうかもしれませんね。
楽しそうに笑う片岡さん
藤村
藤村
とても気になります(笑)。ぜひ聞かせてください。
片岡
片岡
昆虫って、地球上の生物の中で最も多様性に富んでいるんです。なにしろ約100万種もいる。

その理由は「羽」にあります。羽があることでいろいろな生態系へ移動でき、自分に合った環境で進化してこられたわけです。

また昆虫には、幼虫からさなぎを経て成虫になるという独特のステップがあります。さなぎの中ではタンパク質がどろどろに溶けて再構成され、その段階で羽も芽生えていく。さなぎの期間は短いんですが、ここで一気に成長するわけです。

で、思いました。これってリーダーシップと同じじゃないかと。
藤村
藤村
確かに、同じかもしれない。
片岡
片岡
リーダーになる前から、「自分のリーダーシップってなんだろう?」と考えることが大事なんです。

半年後にプロジェクトリーダーにアサインされる前の、さなぎの段階から準備していかないと、後々苦労することになってしまう。

リーダーシップを類型化するときにも、昆虫の類型化がヒントになりました。

……長くなってしまいそうですね。
藤村
藤村
いえ、とてもおもしろいです!
片岡
片岡
いわゆるエンジニアマネジャーやテックリードの形が定まらないのは、いろいろなリーダーシップの形があるからです。それらを定義することは難しいけど、類型化はできる

たとえばカブトムシです。

カブトムシの固い殻の部分は羽です。たまに飛ぶんです。自分の羽を固くすることで、乾燥や衝突から身を守っている。これは「自分が率先垂範して守っていく」という、よくあるリーダーシップですよね。
藤村
藤村
その反対もありますか?
片岡
片岡
はい、典型的なものはホタルです。ホタルは成虫になるとひたすら光を放つだけで、何も食べずに死んでいきます。これは勉強会に参加した後に周囲へのアウトプットに努め、広報的な役割を担うリーダーの形なのかな、と思います。
藤村
藤村
リーダーシップのあり方はさまざまですが、それぞれを昆虫のように類型化できるということですね。
昆虫のリーダーシップがミツバチ、カブトムシ、アリ、スズメバチ、ホタルで分類される。ミツバチ=方針提示、カブトムシ=責任遂行、アリ=援助、スズメバチ=使役、ホタル=ブランディング。

昆虫別のリーダーシップの分類まとめ(取材をもとに編集部作成)

片岡
片岡
とはいえ、単純に型にはめられるというわけでもないと思います。僕自身も「ホタル2割、カブトムシ4割、スズメバチ4割」といった形で、いろいろな要素で構成されている気がしますね。
下アングルの片岡さんの横顔
藤村
藤村
ホタル10割とか、カブトムシ100%、というわけではなく、さまざまな要素でリーダーシップは構成される。これは納得です。型があれば、自分の目指す方向性をより具体的にイメージできそうですね。
執筆:多田慎介/撮影:矢野拓実/企画編集:山口遼大
「結果は気にしなくていいよ」「でも、ミスをしたらどうしよう」──感情を科学すれば、失敗の恐れと向き合える
社員に嫌いな仕事はさせない。「嫌じゃない要素」を積み重ねれば、いい組織になる──わざわざ 平田はる香×サイボウズ 山田理

言いたいことを言えないチームでも、まずは大丈夫──「スーパーマリオ」みたいに、何度でもステージをやり直せばいい

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「お世話になります」をメールで書く必要ある?

会場での参加者と登壇者を全体で写した写真

会場は表参道にある「subaCO」。40人以上の参加者が集まりました

藤村
藤村
長尾さんとお会いするのは、実は今日が初めてなんですよね。数年前からツイッターでつながっていたので、なんだか初めて会った気がしませんが。
長尾
長尾
本当ですね。
中島
中島
僕は数か月前に藤村さんに初めてお会いして、今日は突然巻き込んでもらいました(笑)。
サイボウズ式第2編集部青山さんの、サイボウズ式チーム本と宇宙兄弟チーム本に関する何気ないツイートから、次々と人が巻き込まれている様子

▲開催は「サイボウズ式第2編集部(*)」の青山さんのツイートが長尾さんの目に止まったのがきっかけ。「この企画を実施したい」という思いからSNS上でのやりとりが続き、実現しました

(*)「サイボウズ式をもっとおもしろくしたい」という思いを持った読者とサイボウズ式編集部が集まったチーム。「新しい価値を生み出すチームと働き方を考え、実践する場」を活動指針として、多様なメンバーが、それぞれの考えをアウトプットし、形にしていくことを大事にしています。

藤村
藤村
ははは。僕が巻き込んだことをすっかり忘れていました。

今日のイベントでは、新しいチームの可能性や楽しさを感じていただければと思います。
中島
中島
ではさっそく、参加者のみなさんから事前にいただいた質問に答えていきましょう。
質問1:「今のチームメンバーで意見を伝えあって、前を向いていきたいが、ぶつかってしまうときはどうすればいいでしょう。うまく思いを伝えつつも、相手の立場を尊重したいです」
長尾
長尾
ご自分で、すでに答えを出していると思います。
中島
中島
うまく思いを伝えて、相手の立場を尊重しましょう、ということですね。
長尾
長尾
具体的なお答えをすると、無用なすれ違いや誤解を発生させないように、私の場合は感情的なことは対面で、事務的なことはテキストベースかつ箇条書きにして伝えるようにしています。

なので「お世話になります」はメールなどのテキストベースでは絶対に使いません。
斜め上を見上げる長尾さん

長尾彰(ながお・あきら)さん。組織開発ファシリテーター。日本福祉大学卒業後、東京学芸大学にて野外教育学を研究。企業や団体、教育、スポーツの現場など、約20年にわたって3千回を超えるチームビルディングを実施。現在は、複数の法人で「エア社員」の肩書のもと、組織開発や事業開発をファシリテーションする。株式会社ナガオ考務店 代表取締役、一般社団法人プロジェクト結コンソーシアム理事長、NPO法人エデュケーショナル・フューチャーセンター代表理事、学校法人茂来学園大日向小学校の理事を兼任する。著書に『宇宙兄弟「完璧なリーダー」は、もういらない。』(学研プラス)

中島
中島
なぜそうしているんですか?
長尾
長尾
感情的なことは、その場でどうにかする必要があると思うんですよね。

テキストベースで「ごめんね」「嫌だよ」を伝えたとき、相手は誤解してしまったり、歪曲して捉えてしまったりするかもしれない。

でもそれを対面で伝えられれば、あとに長引くことはないでしょう。とくに、たまにしか会えない相手には、対面で気持ちをきちんと伝えるようにしています。
藤村
藤村
それは僕も社内でグループウェアを使いながら実感しますね。オンラインツール上でのコミュニケーションは、テキストベースでのやり取りが圧倒的に多くなるんです。

そのとき、書き方によっては、自分の意図しない形で伝わってしまうことがある。相手に「怒ってる?」と誤解されやすくなったり。
中島
中島
なるほど。藤村さんがオンライン上で連絡を取るときに、気を付けていることってありますか?
まっすぐ参加者席を見つめながら話す中島さん

中島啓太(なかじま・けいた)さん。FC今治 経営企画室長。英国の大学を卒業後、外資系コンサルティング会社に就職。その後、岡田武史と夢を追いかけるために、東京から今治に移住を決意。四国初となるJリーグ基準を満たすサッカー専用スタジアムの建設や、社会変革者を生み出すためのワークショップ「Bari Challenge University」の統括などを務め、現在は教育事業の展開にも携わる

藤村
藤村
事実を書くようにしています。議論するときに、事実ベースでコミュニケーションしないと、問題解決できないので。

その事実を見る人によって、解釈は違いますよね。だから、解釈だけを見てはいけないなと。
長尾
長尾
うん、うん。
藤村
藤村
ただ、解釈には人の気持ちが込められているので、ないがしろにしてもいけないとも思います。

解釈をしっかりとすくいあげたり、寄り添ったりして受け止める。その大切さを実感できるオンラインツールも使ったやり取りは、意見をきちんと伝え合うトレーニングになっているのかな、と感じますね。
マイクを持ち話す藤村の横顔

藤村能光(ふじむら・よしみつ)。サイボウズ式編集長。1982年生まれ、大阪府出身。神戸大学を卒業後、ウェブメディアの編集記者などを務め、サイボウズ株式会社に入社。製品マーケティング担当とともにオウンドメディア「サイボウズ式」の立ち上げにかかわり、2015年から編集長を務める。メディア運営や編集部のチームビルディングに関する講演、勉強会への登壇も多数。複業としてタオルブランド「IKEUCHI ORGANIC」のオウンドメディア運営支援にも携わる。著書に『「未来のチーム」の作り方』(扶桑社)

言いたいことを言えない雰囲気、どうすれば?

青や赤の紙を各々かかげる参加者の方々

当日、参加者には「青・黄・赤」の用紙を配布。話が長かったら「レッドカード」を出すなど、参加者からのフィードバックを受けながらイベントが進んでいきました

質問2:「上下関係のある会社では、言いたいことを言いづらい。言い合える環境は、どうすればつくれるのか?」
藤村
藤村
以前、サイボウズ式編集メンバーのチーム状態が「あんまりよくないな」と感じたことがあったんです。

そのときに、メンバーに「個人的に不安に思っていること」をポストイットに書き出してもらいました。
長尾
長尾
どのくらい出たんですか?
藤村
藤村
30個くらい一気に出てきて。実はもっと少ないと思っていたんですよ。「ふだんのコミュニケーションで言えない不安がこんなにあるんだ」と驚きましたね。
中島
中島
それらの不安は、藤村さんが解決策を考えていったんですか?
藤村
藤村
それだと「不安を言い合える雰囲気」をつくれないんですよね。

なので、1週間ごとに「チームとして解決したい課題」をみんなで1つ決めました。そして、その解決策を話し合いながら、実行していったんです
中島
中島
コミュニケーションの量を増やして、思っていることを言いやすくなるように?
藤村
藤村
そうです。もともとサイボウズには、チームワークに貢献するために、グループウェア上などで思ったことをオープンに伝え合う「分報」と呼ぶ取り組みがあります。
「勤務時間にプライベートの話をする」なんて、言語道断だと思ってた
藤村
藤村
それをより活発にしようと、話し合ったり日報を書いたりして、お互いの考えを伝え合うようにしました。その結果、1か月後には話しやすい雰囲気が生まれ始めましたね。

「言いたいことが言えない関係」は決して悪いことじゃない

長尾
長尾
それは、僕が本のなかで書いている「チームの成長ステージ」の話にもつながりますね。
フォーミング(形成期)、ストーミング(試行錯誤期)、ノーミング(規範期)、トランスフォーミング(変態期)という、チームの4つの成長ステージを表した図
長尾
長尾
言いたいことって、いきなり最初から言えませんよね。だから、最初は遠慮している「フォーミング(形成期)」のステージから始まります。

お互いのことがだんだんわかってくると、チーム内に「心理的安全性」が生まれる。言いたいことを言い合える雰囲気になっていく。
中島
中島
それが第2ステージの「ストーミング(試行錯誤期)」。
長尾
長尾
そう。この第1ステージから第2ステージに進めるためには、まずはコミュニケーションと情報の量が必要なんです。

この発達段階は、「スーパーマリオ」をイメージすれば、わかりやすいと思います。
お互いの顔を見る長尾さんと藤村
藤村
藤村
スーパーマリオですか?
長尾
長尾
難易度が徐々に上がっていきますよね。まだゲームに慣れていない「1-1」で、ボスキャラのクッパがいきなり出てきたら焦るでしょ?

ある程度レベルが上がった状態の「1-4」でクッパを倒して、ステージ2に上がっていくのが当然ですよね。
中島
中島
たしかに。
長尾
長尾
チームのコミュニケーションも同じ。そんなふうに段階を踏みながらステージをクリアして、失敗したらまた「1-1」からやり直す。それを繰り返せば、習熟度が上がっていくんです。

これをチームづくりに置き換えてみると、ステージをクリアするほど、コミュニケーションの習熟度が上がっていきます。
藤村
藤村
チームメンバーが、成長にはステージがあることを、まずは把握するのが大事ですよね。そうすれば、「まだステージ1で、ステージ4に行くまでの序章なんだ」と希望が持てる。
中島
中島
うん、うん。
藤村
藤村
その上で、次のステージに上がる方法を考えるには、メンバーが「チームの現段階」を把握しなければいけません。そのために、リーダーには「今はステージ3に上がったところだね」などと、現段階をメンバーと共有する役割があるなと。
長尾
長尾
そうです。「言いたいことが言えない関係」は決して悪いことじゃない。段階を踏むことでチームは成長していくので、今の状態を心配しなくてもいいと思いますよ。

「自分たちで決めたこと」ならチームのモチベーションは上がる

長尾さんと藤村の著書が机に並べられている写真
藤村
藤村
会社内でのチームビルディングでは、最初の一歩として何から始めればいいんでしょう。
長尾
長尾
まずは、リーダーではなくチームメンバーが決められる目標を決めるといいと思います。「自分たちの目標」があるところにチームが生まれると考えているからです。

たとえば、経営者や管理職が「今期の売上目標」の決裁権を持つ会社がほとんどだと思います。ただ、そうやって上が決めた目標を、メンバーが仕方なく実行しても、チーム化は進みません。
藤村
藤村
そうですよね。
長尾
長尾
一方、自分たちで決めた目標ならメンバーの自分ゴトになるので、目標に対して前向きな気持ちになるはずです。
中島
中島
リーダーは不安になりませんか? どんな目標になるのかがわかりませんよね。
長尾
長尾
不安だったら「僕はこうしたい」と伝えればいい。この目標だとビジョンが達成できないと思ったら「もっと高い目標にしたい」とハッキリと伝えればいい。そして、その反応をまた見るんです。
中島
中島
プロセスをオープンにするんですね。
長尾
長尾
そう。そのなかで、「そんなの無理ですよ!」「どこが無理だと思う?」というやり取りを繰り返せば、最終的には高い目標にたどり着きやすいんです。

オジサンになると「できない人は何ができないのか」がわからない

笑顔の長尾さん、藤村
藤村
藤村
僕も、このあいだ同じようなことを経験しました。以前、サイボウズ式の編集長として、チームメンバーに「僕の考えたメディアのビジョン」を発表したんです。

ただ、最近になって「それを覚えている?」と聞いたら、みんな忘れていました。つまり、そのビジョンを達成したいのは僕だけだった。
中島
中島
そういうリーダーは少なくないでしょうね。
藤村
藤村
それを反省して、会議で「みんなはどうしたい?」と聞くようにしたんです。そうしたら、「この方向性いいじゃん」とチームみんなで共有すべきビジョンが見えてきた。それによって、チームが一気によくなった実感があります。
長尾
長尾
そんなふうに「できること」から話し合って決めればいいんです。たとえば「今週のトイレ掃除の当番」でもよくて。大事なのは、合意形成をしてから物事を決めることです。
藤村
藤村
リーダーは、大きな問題から解決したくなるんですよね。

でも、メンバーの困りごとって、リーダーからすれば「その最初の段階で悩んでいたんだ」と思うことがよくあります。
長尾
長尾
オジサンになってくると、「そんなこと当たり前だよ」と思って、できない人は何ができないのか、わからないことが増えてしまう

経験値がある分、仕事の習熟度が高くなっているからです。

部下から見れば、上司は“何でもできる人”。だから「これを聞いたら叱られるんじゃないか?」と思って、言いたいことが言えなくなりがちです。
手を高い位置に上げる長尾さん
藤村
藤村
そのとき、チームはスキルの低い人に合わせたほうがいいんですか?
長尾
長尾
悩みどころですね。ただ、最近思うのは、スキルの低い人を排除しないのが大事だなと

その人に合わせながら、チームとしてベストなパフォーマンスを発揮できるのが、よいチームなのだと思います。

リーダーは正解がわからなくても、決断しなくちゃいけない

笑顔で話を聞く参加者
中島
中島
ここまでの話を聞いて、参加者のみなさんから、何か質問はありますか?
参加者
参加者
ボトムアップで、チームの目標を決める話がありました。そのときのリーダーの役割はどうなるんでしょう。また、理念もボトムアップで決めたほうがいいのか教えてください。
長尾
長尾
経営者の存在意義は「理念を定義する」ことだと思っています。だから、ボトムアップで決める理念はありえません。

リーダーには、理念を細かく分けて、「どうすれば、目的にたどり着けるのか?」を考える役割があるんです。
藤村
藤村
僕も同じ考えです。弊社の青野は、「チームワークあふれる社会を創る」というビジョンにこだわっています。

サイボウズのメンバーは、その理念を達成するために各部署に分かれ、自分にできることをする。

そもそも理念がブレていて、経営ビジョンがつくれないと、チームとして連携できません
参加者を見つめながら話す藤村
中島
中島
僕も上位概念の決め方は、トップダウンだと思っていて。「判断」と「決断」は違います。判断は客観的指標に基づいた合理的な選択で、決断はわからないものに対する意思決定です

そう考えると、“正解がない理念”を決めるとき、全員の意見を聞いて中間を取るのは違うのかなと。リーダーは正解がわからなくても、孤独のなかで、「僕たちはこれで行くんだ」と理念を決断する役割があるんです。

まずはチーム内に「相棒」をつくろう

ペンを持ちメモする参加者の手元
参加者
参加者
ちなみに、戦略はボトムアップで決めるんですか?
長尾
長尾
「理念→ビジョン→ミッション→戦略→戦術→計画」のレイヤーでいえば、戦略までは管理職とメンバーで話し合うけど、メンバーは意思決定しない。

個人的な感覚でいうと、戦術と計画はボトムアップで決めるのが、僕は好きです。
中島
中島
戦略は次の一手を考えることであって、「非連続的なアート」だと思うんです。アートって、これが正解と言えないじゃないですか。
長尾
長尾
エビデンスがないからね。
中島
中島
みんなで決めたことが、決してアートになるわけじゃない。だから、みんなの話は聞くけど、最後は誰かがセンスを持って決断しないといけません。
長尾
長尾
非合理的な意思決定でいいんだよね。「やると決めたからやる」のほうが、実行されやすいイメージです。
中島
中島
模倣するハードルが高いので、ユニークにもなりますよね。ほかに、質問はありますか?
参加者
参加者
「チームになる意味がわからない」「自分だけ成功すればいい」と思う人がチームにいたら、どうすればその人とチームになれるんですか?
中島
中島
うーん。人の心って、そんな簡単に変わらないので、僕だったら無理やりチームメンバーにしようとは思わないかなと。どう思いますか?
長尾
長尾
僕はチームづくりは2人からだと思っています。まずは1人でもいいから、チーム内に相棒をつくる。2人でチームづくりをはじめれば、次のステップに進みやすくなるんです。
藤村
藤村
このイベントが終わったあと、会場のみなさんとオンライングループをつくります。そこで2人、3人……とつながって、チームになれればいいですね。
中島
中島
この話の続きは、ぜひ、そのチームでしましょう。
笑顔で並ぶ、参加者と登壇者の集合写真
執筆:流石香織/撮影:二條七海/編集:松尾奈々絵(ノオト)/企画:青山直人(サイボウズ式第2編集部)
【はじめに:全文公開】初のサイボウズ式チーム本「未来のチームの作り方」を出版します
「楽しく働けない諸悪の根源はマネジャーだよね」――いい加減、昭和のマネジメントを抜け出そう

5代目社長はスクラムマスター。ミートボールの石井食品は70年前からアジャイル型組織だった──石井智康×青野慶久

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「ITの世界も食品の世界も、ものづくりの本質においては同じということに気が付いた」

「イシイのミートボール」でおなじみ、石井食品の5代目社長・石井智康さんは、こう話します。

石井さんは、アクセンチュア・テクノロジー・ソリューションズ(現アクセンチュア)のエンジニアとしてキャリアをスタート。その後、スクラムマスターやアジャイルコーチとして活動し、現在に至ります。

エンジニアから食品メーカー社長へ。

業界も職種も超えた異色のキャリアチェンジ。しかし、IT業界を経て改めて家業を見ると、アジャイル的な要素がたくさんあったことに気づいたといいます。詳しい話を聞きに、サイボウズ社長・青野慶久が千葉県船橋市にある石井食品の本社を訪ねました。

震災後、銀行の反対を押し切ってコミュニティスペースをつくった

青野
青野
今回お邪魔している石井食品本社1階にある「コミュニティハウスViridian(ヴィリジアン)」は、石井食品さんが運営する地域密着型コミュニティスペースだと聞きました。

今日も小さいお子さんを連れたお母さんなど、近所の方がたくさん集まっていますね。
Viridianで立ち話をする石井社長と青野

Viridianは「食と人をつなぐコミュニティスペース」をコンセプトに2014年にオープン。石井食品の商品を販売する直売スペースや千葉県産を中心とした新鮮な野菜を揃えるマルシェスペース、商品を使った食事を提供する飲食スペースや子どもを遊ばせながら過ごせるキッズスペース、料理教室などを行えるキッチン付スペースなどがある

石井
石井
2011年の震災後に、「地域の人同士がつながれるようなコミュニティが必要だ」と会長である父が、もともとは倉庫だった場所にオープンしたんです。銀行からは反対されたんですが。
青野
青野
すごくいいスペースだと思います。しかも食事の持ち込みも可能で、どなたでも使えるんですね。

……失礼ながら、あまり儲からないんじゃないですか?
石井
石井
ははは。はい、儲からないです(笑)。でも、結果的にはマーケティングの役にも立つようになったんですよ。
青野
青野
どういうことですか?
石井
石井
石井食品は、スーパーなどに卸す食品を製造するB to B to Cビジネスなので、以前はお客さんと直接つながれる場所がなかったんです。

でも、ここができたことでお母さんの悩みを聞いたり、試食のフィードバックをもらえたりするようになりました。
青野
青野
石井食品さんは上場されていますよね。もちろん結果的にマーケティングの役に立ったとはいえ、オープンの際、株主から反発は受けなかったんですか?

「サイボウズが言うな」という感じもしますが
石井
石井
ははは。お叱りを受けることもありますが、基本的には応援していただけていると思います。

「理念を大切にして、新しいことに挑戦する」という姿勢を、支持していただいているのかなと。
青野
青野
なるほど。株主の方々も理念に共感しているんですね。

ITを使わない人はいるけれど、食事をしない人はいない

青野
青野
石井食品というと「イシイのミートボール」のイメージが強かったのですが、ミートボールに限らずスープやおかゆまで、いろいろな商品があるんですね。
商品を手に取る石井社長と青野
石井
石井
「食べ物屋だからうまいものはなんでもつくる」が祖父の代からのモットーなんです。

今日は、うちの商品を使った食事をぜひ召し上がってください。
青野
青野
ありがとうございます。

石井さんは、エンジニアとして活躍されたのちに、家業である石井食品に入社したんですよね。
石井
石井
はい。入社したのが2017年、社長に就任したのが昨年の2018年です。
青野
青野
社長になってからいかがですか? 業種が変わって、文化を含めていろいろな面で異なることがあると思いますが。
石井
石井
入社後、社用のメールアドレスを持っていない社員が多かったことには驚きましたね。たしかにITが必ずしも必要ではない現場もあるのだなと。

IT業界と比べて食品業界がおもしろいと思うのは、ITは使わない人がいるのに対し、「食事をしない人はいない」ということですね
話す石井社長

石井智康(いしい・ともやす)。石井食品株式会社代表取締役社長執行役員。千葉県船橋市出身。2006年6月にアクセンチュア・テクノロジー・ソリューションズ(現アクセンチュア)に入社。ソフトウェアエンジニアとして、大企業の基幹システムの構築やデジタルマーケティング支援に従事。2014年よりフリーランスとして、アジャイル型受託開発を実践し、ベンチャー企業を中心に新規事業のソフトウェア開発及びチームづくりを行う。2017年から祖父の創立した石井食品株式会社に参画。地域と旬をテーマに農家と連携した食品づくりを進めている。認定スクラムプロフェッショナル。アジャイルひよこクラブ幹事

青野
青野
おっしゃる通りです。ソフトウェアだと、そうはいかない。
石井
石井
とはいえ、ITを導入することで生産性が上がる場面も多いんですよ。

京都の京丹波工場では、Slackを導入することで、情報共有がしやすくなりました。
青野
青野
それはすごい。

ほかにもITでのご経験を生かしていることはあるんですか?
石井
石井
マーケティングの部署では、カンバン(*1)をやっています。

(*1)カンバン:ソフトウェア開発手法のひとつ。「やること」「やっていること」「これからやること」をチームで共有するなど、タスクの見える化や振り返りを行う

カンバンを見る二人
青野
青野
食品業界では珍しいですよね。

新しいやり方を取り入れるにあたって、気をつけたことはありますか? 
石井
石井
アジャイルや、スクラムは言葉として、会社にはまだ馴染みが薄いので、できる限り違う言葉を使って説明するようにしています。

あとは「この手法をやれ」というトップダウン的な姿勢ではなく、現場の課題を聞きながら、解決方法を提案したいと思っています。

石井食品は、70年前からアジャイル型組織だった

石井
石井
ただ、言葉こそ馴染んではいませんが、石井食品は「アジャイル的な要素がもともとある会社だ」と入社後、改めて感じましたね。
青野
青野
石井さんが導入したのではなく、ということですよね。

どういうことですか?
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青野慶久(あおの・よしひさ)。1971年生まれ。大阪大学工学部情報システム工学科卒業後、松下電工(現 パナソニック)を経て、1997年8月愛媛県松山市でサイボウズを設立した。2005年4月には代表取締役社長に就任(現任)。社内のワークスタイル変革を行い、2011年からは、事業のクラウド化を推進。著書に、『チームのことだけ、考えた。』(ダイヤモンド社)『会社というモンスターが、僕たちを不幸にしているのかもしれない』(PHP研究所)など

石井
石井
弊社の人気商品であるハンバーグは、販売してすぐの頃は、毎日味が変わっていたそうなんですよ。
青野
青野
毎日ですか。
石井
石井
当時は創業者で製造のトップである祖父が工場にいて、祖母が営業として直売店で販売していました。

夕方になると、食堂で祖母が工場の人たちに食事を出すんです。そのときに「今日のハンバーグはしょっぱかった」「甘かった」と、お客さんの反応を伝えていました。

そういう中で開発会議が始まって、「じゃあ明日はこうやってみるか」というのをほぼ毎日やっていたそうで。
青野
青野
は〜。スプリント(*2)レビューや。

(*2)スプリント:開発サイクルの単位で、開発を行う期間。スプリントレビューは、スプリントで開発した成果物を確認し、フィードバックを受けること。

石井
石井
そう! しかも1dayスプリントで毎日PDCA回していたんですよね。そうやって変化をしてきた中で、今の商品になっているんです。
青野
青野
それはすごいですね。
石井
石井
現在は営業と工場の場所が物理的に離れているので、どうしてもフィードバックがその当時に比べると遅くなっていますね。会長には「どうして昔みたいにできないんだ」と言われます(笑)。
青野
青野
ははは。
石井
石井
ほかにもあります。祖父の代に開発した煮豆の保存性を高める真空包装技術を、業界全体の成長を考えて特許などは取らずに他社にも技術を共有したんですよ。これはオープンソースと同じだな、と。
青野
青野
たしかにそうですね!
石井
石井
石井食品は、佃煮の製造業としてスタートし、時代のニーズに合わせて新商品を開発してきました。看板商品も時代によって変わっています。

もともと新しいことに積極的に挑戦する社風なんですよね。なので、そういう点はかなりソフトウェア開発と共通する部分が多いと感じています。
青野
青野
もとからアジャイルな食品メーカーだったということですね。
石井
石井
エンジニアとして就職したとき、ソフトウェアは実業じゃない、と親戚に言われたこともありました。

でも、「いいものをつくって売る」というものづくりの本質は、IT業界も食品業界も、変わらないと感じています。
ホワイトボードに貼りだされている基本ルール

社内に掲示している石井食品、今年度の「基本ルール」。「去年と同じは原則禁止」「小さい失敗をいっぱいする」など、アジャイル的な考え方がここにもあらわれている

目指すのは農家が儲かるビジネスモデルをつくること

石井
石井
ちょうど食事の用意ができたので、ぜひ召し上がってください。
青野
青野
ありがとうございます、いただきます。
ハンバーグに箸を入れんとする青野
青野
青野
こちらの、しめじが入っているハンバーグが特に好きですね。やみつきになるおいしさです。
石井
石井
ありがとうございます。京都府京丹波町の丹波しめじを使ったハンバーグなんですよ。
皿に盛りつけられた石井食品の商品の数々

石井食品は化学調味料や保存料などを使用せず、すべての商品において製造過程で食品添加物を使用しない「無添加調理」を貫いている。良質な素材を仕入れ、シンプルな味付けの料理をつくる料亭のやり方をモデルにしているという

石井
石井
いま力を入れて取り組んでいるのが、日本各地の農家さんとのコラボ商品です。

農家が儲かるビジネスモデルをつくるのが、直近の課題ですね。
青野
青野
どうして食品メーカーが、農家のビジネスモデルを考えるんですか?
石井
石井
僕らはおいしい食材が手に入らないと、いい商品をつくれません。食品添加物を使わず、食材のおいしさにこだわっているからです。
青野
青野
はい。
石井
石井
ですが、いまはメーカーが発展すればするほど、農家は儲からないような仕組みになっています
青野
青野
詳しく教えてください。
石井
石井
多くのスーパーマーケットのミッションは、全国一律で常に同じものを、できる限り安い値段で並べるということなんです。それに応えて大量生産をすることでメーカーは発展してきました。
青野
青野
そうですね。
石井
石井
すごく便利になった一方、割を食うのが生産者なんです。

天気や気候変動などに対応しなければならないのに、安定供給を目指さなければいけない。そして、商品が売れると、メーカーは仕入れ量を増やす代わりに農産物を安く買い叩き、売れなくなれば契約終了です。
青野
青野
なるほど。商品が売れても売れなくても、農家が割を食うことになるんですね。
石井
石井
効率性を追求した流通システムのなかでは、農家は儲からないんです。

さらに、自分たちのつくったものがどこで誰に食べてもらっているのかわからないし、フィードバックももらえない。

これではやる気が出ません。
青野
青野
そこに対する危機感をお持ちなんですね。

先ほどお話にありましたが、「食」ってまさにすべての人間が必要としているもの。それだけニーズがあって市場があるのに、大量生産に走って魅力がなくなってしまうのは、もったいないことです。
石井
石井
はい。なので、うちは多品種小ロットの商品を増やしていければと考えています。

農家の方々と一緒に商品をつくって、PRする。毎年この商品を楽しみにするファンをつくることで、生産数の見込みを増やして、来年分を多く確保して高く買う。

それを繰り返していくことで、価値の高いものをつくることができるんじゃないかなと。
青野
青野
ふむふむ。
石井
石井
地域の食材の味って、お客さんからしたらよくわからないじゃないですか。野菜によっては旬もわからなくなってきている。

提供の仕方を工夫することで、地域や旬の味を理解してもらう。単に食べるだけじゃない楽しみ方をどう増やしていくかを考えることで、価値を提供できると思っています。
青野
青野
なるほど。まさにUX(ユーザー体験)まで見据えて、ということですね。
石井
石井
はい。ユーザー体験までこだわった食品メーカーって実は少ないんです。同じ商品でも、ディスプレイや提供の仕方で、印象や価値が大きく変わってきますよね。

そこまで踏み込んだプロデュースが必要だと思っています。

食品業界の実験企業であり続ける

話す石井社長
石井
石井
最後にもうひとつ、いま消費者サイドで僕が個人的に課題だと思っているのが、食物アレルギーを持つ人の食事に選択肢が少ないということです。

たとえば、食物アレルギーを持つ子どもが生まれたら、スーパーの景色はガラッと変わります。小麦と卵が食べられなければ、ほぼ食べられるものがない。となると、ほとんど手づくりになってしまう。

明日から、食品添加物をなるべく子どもに食べさせないようにしようと決心した瞬間、買えるものも限られる。そんな時の選択肢を増やしたいなと思っています。
青野
青野
具体的にどんな取り組みをされているんですか?
石井
石井
京丹波工場では、食物アレルギー配慮専用の施設を増床し、卵・乳・小麦・えび・かに・そば・落花生の特定原材料7品目を使わない食物アレルギー配慮食品を徹底管理した設備で生産しています。

また、商品に書かれている品質保証番号と賞味期限をホームぺージに入力すると、どんな素材が使われ、いつどこでつくられたのかなどがすべてわかるようになっています。
青野
青野
それはすごく便利ですね。
石井
石井
食生活を変えたいという人たちのためのソリューションを提供したい。それは僕が個人的にこの会社でやりたいことですね。
青野
青野
おもしろい。情報をフェアに、オープン化するのも、ITの考え方と共通していますね。
石井
石井
食品業界全体を盛り上げていきたいですね。

石井食品は、時代やお客様のニーズに合わせて、新商品を開発してきました。

これまでと変わらず、これからも食品業界の実験企業であり続けたいと思っています
執筆:松尾奈々絵/撮影:小野 奈那子/編集:水上歩美/企画編集:鈴木統子
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